« アサヒ・アート・フェスティバル2010 | トップページ | 深澤孝史展覧会「うんこふみふみたかふみ文化センター」 »

2010.06.28

歌舞伎町学校2020。

4737602240_bed67650d2_b

歌舞伎町学校2020
「歌舞伎町の都市空間史」
講師:松田法子(東京大学 工学系研究科)

新しい歌舞伎町のイメージを提示するコミュニティアート・プロジェクト「歌舞伎町2020」。
今年2月の「VISION 01」、3月の「チャプター:チェックメイトビル」に続き、市民のための学校「歌舞伎町学校2020」がスタートしました。
2020年までの10年間、市民をエンパワーメントする草の根型の学校として、定期的な開催を目指していきます。

第1回は、熱海・別府といった歓楽街の都市形成をご専門とされる、松田法子さんを講師に、「歌舞伎町の都市空間史」というテーマでレクチャーをお願いしました。

会場は、江戸時代から続く歌舞伎町2丁目の「稲荷鬼王神社」。
土曜日のお昼の区役所通りは、泥酔して道路で寝ているホスト君とか、若い女性がゴロゴロしているわけですが、稲荷鬼王神社の境内に入ると、そこは江戸時代。

テーマにこれ以上マッチする会場はありません。

東京新聞に記事が掲載されたこともあり、地元にお住まいのお年寄りが、紙袋一杯の資料持参でご参加くださったりと、世界的な大都市・歌舞伎町とは思えないような、まるで村の寄り合い所のような一時になりました。

芹沢高志さんのナビゲートに続き、松田さんのレクチャーは、17世紀、江戸時代の古地図からスタート。古地図と現代の地図を重ねあわせ、空間を読み解いていきます。
後半は、岸井大輔さんのナビゲートにより、参加者の皆さまを交えて、カンカンガクガクの思い出トーク。まるで、同時多発演劇のような劇的空間となりました。

まるで推理小説のようなスリリングさと鮮やかな展開の松田さんのレクチャーで解ったことは、

・「歌舞伎町のあたりは昔、沼だった」と言われているが、実際に沼だったのは、明治後期大村邸があった頃。
・戦後作られた歌舞伎町は、鈴木喜兵衛の設計により周到にデザインされたまちであること。
・「歓楽街・歌舞伎町」のイメージは、「江戸時代の内藤新宿-青線(ゴールデン街)-歌舞伎町1丁目」と、時代によって移動して現在に至っている。

「不夜城」「歓楽街」という歌舞伎町のパブリックイメージは、せいぜいこの25年間ほどで形成されたものであるいうことが、あらためて分かりました。

コミュニティアート・プロジェクト「歌舞伎町2020」は、10年間かけて市民の参画により新しい歌舞伎町のイメージを発信していくことを目標としていますが、この歴史を見ると、不可能ではないのだな、と勇気づけられます。

都市空間を市民の手に取り戻すこの試み、より皆さまの心に迫る血の通ったものとしていきますので、どうぞご期待ください。

|

« アサヒ・アート・フェスティバル2010 | トップページ | 深澤孝史展覧会「うんこふみふみたかふみ文化センター」 »

「コミュニティアート」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« アサヒ・アート・フェスティバル2010 | トップページ | 深澤孝史展覧会「うんこふみふみたかふみ文化センター」 »