輝きの先にあるもの/その人が輝いていた頃は。
10代で高校をドロップアウトした男の子たちと話をしていると、想像している以上に、皆ちゃんと働いていることに、驚かされる。
スーパーの品出しなどもいるが、多くは現場作業だ。
遠くの現場まで出かけて、建築作業などに従事している。
長時間の肉体作業。休日も決して多くは無い。
遊ぶ時間も余裕もないくらい、ハードな仕事に従事している。
肉体作業で鍛えられた体は、筋肉質でたくましく日焼けしている。
10代の稼ぎとしては、良い方で、キツイ仕事ながらも、手ごたえを感じて、日々がんばっている。
しかし、彼らと話していて、釜ヶ崎や寿町、山谷の風景と、あたかもミッシングリンクのように、タイムラインが繋がった。
10代から現場仕事に精を出している彼らは、これからどこに行くのだろう?
どのような20代を過ごし、30代-40代を迎え、50代となるのだろう。
現場仕事を支えている彼らの30年後、40年後が、釜ヶ崎なのではないかと考えると、背筋が寒くなった。
つらい仕事を頑張りながらも、キラキラした瞳の彼らは、釜ヶ崎のおっちゃんたちの昔の姿なのではないか。
湯気の立つような筋肉の塊のような彼らは、寿町・山谷のおっちゃんたちの若かりし頃の姿なのではないか。
よろよろと、まっすぐ歩くこともできないおっちゃんの姿と、宝石のような若者の姿が、完全に重なったとき、「もののあはれ」の迫力に、身が震えた。「卒塔婆小町」の世界。
「セーフティネット」「支援」などが、陳腐で霞むほどの、人生の真実。
剥き出しの生命(いのち)の塊に関わる自分は、剥き出しの生命の塊として、彼らの血潮になだれ込んでいくしかない。
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コメント
misaco様
コメント、ありがとうございます。
昔あったような、「貧しいけれど楽しい我が家」が、難しくなっているのが、気が重くなります。
お金持ちでも、そうでなくてもそれなりの幸せがあれば良いと、みなさん考えているのではないでしょうか。
日本でも、地方に行けば、お金はそんなになくてもおいしいものが食べられますよね。
投稿: shimoyama | 2010.05.18 10:55
生きて食べてゆく為に心身共にキツイ仕事…。
危険な現場で怪我したり、足場から落ちたり、上司とぶつかったりしないで一日一日無事に過ごす。シヤワセな家庭を持って、安定した老後の生活を送れる人が大多数だといいけど。
沖縄の離島のような所だと、農業や海人や工事現場の人とか、ほんと輝いててカッコイイ。。収入少なくても老後はなんか楽しそう。
都会の肉体労働者さん達の厳しい環境なんとかしなきゃですね。
収入少なくても、公務員みたいになんか保証があって日々の生活に困らないようになるといいな…。
投稿: misaco | 2010.05.15 01:26