2009.01.31
2009.01.30
アサヒ・アート・フェスティバル「ネットワーク会議」。
「アサヒ・アート・フェスティバル2009」のキックオフともいうべき、「ネットワーク会議」が開催されます。
今年参加するプロジェクトが全国から集まり、プレゼンテーションされ、交流ミーティングが開催されます。
全国のコミュニティアートの最新の動きがわかるチャンスです。ぜひご参加ください。
2009.01.28
「ハートをつなごう」。
26日にNHK教育テレビで放映された、「ハートをつなごう」が、めっちゃ良かった。
LGBT 2と題され、レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの若者と、彼/彼女らを取り巻く人々についての特集の第2弾。
とりわけ、ゲイの息子を自殺で亡くし、その後もLGBTの親の会で参加し続けるお母さんの姿に衝撃を受けました。
同性愛者が自殺する率は、明らかに高く、社会における生きづらさが原因と言われています。
息子さんが自殺してから3ヶ月は、地獄の苦しみだったと語るお母さんは、その後もLGBTの親の会で、LGBTの子どもを持つ親の悩みや苦しみを聞き、札幌で開催されたレインボーパレードにも参加されています。
一見、何の変哲もない明るいおばさん。
レインポーカラーをまとって、ニコニコとパレードに参加するお母さんが受けたショックと喪失感、苦しみ。
そして、息子や自分のような苦しみを、ほかの人にさせまいという決意から、息子さんの死後もLGBTの親の会で活動する激しい決意、僕の目にはにこやかなお母さんが鬼神のように映りました。
外見からは、まったく想像できない、彼女の生き様を見て、人はここまでの苦しみを受けないと変わることができないのか、成長できないのかと思ってしまいました。
他者の痛みに鈍感な私たち。
想像力に欠ける私たち。
不正に立ち向かうことができない私たち。
善行に向かうことができない私たち。
私たちが、成長するためには、この身を滅ぼすような勢いの衝撃的なできごとに遭遇するしかないのでしょうか?
番組サイトも充実しているので、ぜひご覧ください。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/lgbt/
テット・ド・コション。

スパゲッティを食べたら、さらにフレンチが食べたくなったので、表参道の「ル・プレヴェール 東京」に。
豚頭肉の料理・テット・ド・コションをメインにいただきました。
カジュアルな雰囲気で気軽に美味しいものが食べたい人にぴったりのお店です。
デザートがめちゃくちゃ美味しかったのですが、写真を撮る前に食べてしまいました。orz
ロイヤル・ガーデン・カフェ。

外苑前の「ロイヤル・ガーデン・カフェ」。
オーガニック&ベジタリアン対応なんで、使いでがありそうですー。絶対。
ドライトマトとサーモンのクリームパスタは、ドライトマトのワイルドな風味がくっきりと前面に出た、大人のお味でした。
パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。



というワケで、銀座三越の、ラデュレのサロン・ド・テに行ってきましたー。
ピスターシュのサントノーレ。
ルリジューズ・ショコラ
マカロンは、プラリネ、シトロン、ジャスマンと、ローズ。
ケーキはいずれも、お菓子というよりは、「一品料理」と呼びたいほど、良質の素材を使った素晴らしい仕事ぶりです。
マカロンも、一つひとつのフレイバーが、くっきり立ってて、凄い。
質が高いためか、これくらい、ペロっと食べられてしまいますー。
2009.01.27
花の下連歌。
現在作っているブックレットは、英語と併記の部分を作りました。
翻訳は、外部にお願いしましたが、
「花の下連歌」は、このように訳されて返って来ました。
Hana no moto Renga (cherry blossom linked verse)
うーん。分かるような分からないような・・・(笑)
2009.01.26
2009.01.25
バレリアン。
僕の数少ない自慢の一つに、「寝付きがいい」「風邪をひかない」というのがあります。
・・・。
実にショーモナイ自慢デス…。
不眠に悩む人が、これだけ多いなか、不思議なことに、眠れないということが、生まれてこの方、ほとんどありません。
しかし、仕事が溜まってくると、睡眠時間を削らずには済みません。
何とか短時間でガッツリ満足できる睡眠グッズはないかな〜?と探してたら、ありました!
「バレリアン」という、ハーブです。
DHCとかから、サプリメントとしても出てます。
これが、スグレモノなんです!
夕食前に2粒飲むと、翌朝は極上の気持ちイイ目覚めが得られます!!
うっとりとシルクのような気持ちイイ目覚め。
もちろん睡眠薬などではないし、言わば睡眠の質をぐっと向上させるハーブです。
1週間に1回くらい、最高に贅沢な睡眠を楽しんでますー。
引きこもりにサヨウナラ!
超重要な執筆仕事が終わらないため、お正月以降、外出らしい外出を、全くしていませんでした。
あらかじめ決まっていた用事or頼まれたことオンリー。
パソコンの前で唸っていても進むわけじゃないんですが、苦しむことが大事かと。
ムツゴロウさんも、物書きに大事なのは、書けるまで机の前に座り続けること、って言ってたし。
なーんとかめどがついてきたんで、買い物や舞台にも行けそうですー。
朝田さん、ありがとうございます!
2009.01.24
混浴温泉世界。
2009年前半のアート界の最大のトピックといえば、大分県別府市で開催される、アートフェスティバル「別府現代芸術フェスティバル2009 混浴温泉世界」です。
主体となっているNPO法人BEPPU PROJECTとは、ずっと交流している団体でもあり、コミュニティアート・ふなばしとしても、全面的に応援しています。
僕も、「混浴温泉世界」に向けて、準備に余念がありません。
えーと、
えーと、
別府のおいしいお寿司屋さんはと・・・。
「大和田鮨」北浜1丁目1-3
「八新寿司」北浜2丁目7-6
大和田鮨は、お値段お手ごろ?うーん。高くてもいいから地の美味しいネタが食べたいなー。
八新寿司は、斬新な創作寿司で有名、と。ネタも最高?素晴らしい。ぜったい行きたい。
「豊後別府湾ちりめん」も、気になります!
しかし、旬は夏とのこと。
市内の割烹「平家」では、なななんと、「豊後別府湾生ちりめんフルコース」なるものが食べられるそうです!うーん。
あとは、5月の大分といえば、別府から近い日出町の「城下かれい」!
http://www.town.hiji.oita.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AC020000&Cc=7d54120b1c211f4
これは食べないと!
城下かれいのフルコースというのがあるそうなので、絶対外せませんな。
5月20日以降なら、鮎が解禁になるから、日田まで足を伸ばし、に若鮎を食べに行くというのにも、強烈に惹かれます!
春光園
http://www.oitatv.com/raisan/index.php?id=857
竹田は最近、「スッポンと温泉のまち」として売り出しているそうなんで、竹田でスッポンを食べるというのも良さそうです。
1日目・・・昼食:日田で鮎三昧。夜:日出で城下カレイフルコース。別府泊。
2日目・・・昼食:竹田でスッポン。午後:別府めぐり。
3日目・・・別府めぐり。夜:大分空港から帰る。
↑というコースはどうでしょうか?
だんご汁、りゅうきゅう、やせうま、うれしの。
全制覇を目指します。絶対。
2009.01.23
「きらきら夢ひろば」実行委員会。

「きらきら夢ひろば」は、船橋市本町通り商店街振興組合と、地域のNPOと協働でつくっているイベントです。
次回で13回目。
年2回開催なので、7年目ということになります。スゴイですー。
今年の一回目は、5月16日(土)です。
2009.01.19
2009.01.17
山浦くんがすごい。
さいきん、いろいろな人から「山浦くんがすごい」と言われます。
コミュニティアート・ふなばしの事務局長の山浦くんのことです。
昨日のmixiのオフ会でしたが、当日僕は知り合いが事故で亡くなり、現地に飛び、遺族の方々を励ましたりと、非常にヘビーな時間を過ごしておりました。
もちろん、オフ会に来てくださる皆さまには、そんなことはまったく関係がないので、会場入り時間が迫ってきても、千葉の僻地から動けない僕は、ショックな出来事と、悲しみのどん底のご家族の対応、イベントに支障が出る可能性、というトリプルパンチで、本当につらい時間を過ごしていました。
オフ会は、単なるイベントではなく、参加者の皆さまに交流したいただく会なので、運営には高度の気配りと独特のノウハウがいるのです。
山浦くんにメールしたところ、「大丈夫です。なんとかしますからゆっくり来てください。」と返事をくれました。
どんなにうれしかったことか。
本当にありがとう。
その山浦くんは、今日から、別府と大阪に、「コミュニティアート映像祭2009」の打ち合わせに行ってくれています。
彼のブログがとても面白いので、ぜひご覧ください。
アートマネジメント・コミュのオフ会。
昨日は、mixiのアートマネジメント・コミュニティのオフ会でした。
このシリーズは、アサヒ・アートスクエアとの共催で、3年前から、毎年3・4回なんとなく開催しています。
・さまざまなジャンルのアート関係者のための交流サロン
・アーティストとアートマネージャー、お客様の交流の場
・資金、労力をかけないで、「アートに役立つことをする」
あたりをテーマに、続けています。
何か企画っぽい感じにすることもありますが、基本はポートフォリオや作品、フライヤーを持ち込んで、見せ合ったり、ミニプレゼンをして、興味を持った人同士でお話するという、非常にシンプルなものです。
毎回、コミュニティのメンバーの方々が幹事を担当してくださるんですが、個人的には、講演でもなければ、シンポジウムでもない、「交流サロン」の運営をできる人が少しずつ増えているというのが、嬉しいです。
【これまでの開催記録】
第1回 2006年12月15日(金)「企画プレゼンオフ」vol.01 アート系コミュニティ合同オフ
第2回 2007年02月03日(土)AICショウケース・ツアー@ZAIMカフェ
第3回 2007年04月21日(土)「企画プレゼンオフ」vol.02 春の"新歓"スペシャル!
第4回 2007年6月1日(金)ラウンジトーク「Think NEXT」
第5回 2007年7月6日(金)「Nomad Theater」
第6回 2007年12月07日(金)「プレゼン・バー」
第7回 2008年4月25日(金) 春の新歓オフ!2008
第8回 2008年07月18日(金)WORK SHOP 「COMMunicatiON cloth -NO LITTER!!」
第9回 2008年9月26日(金)ラウンジトーク「Student Forum」
第10回 2009年1月16日(金)「新年会」
※第2回以外の会場は、すべてアサヒ・アートスクエアです。
2009.01.14
狂う。
というのはオオゲサですが、超重要な執筆が立て込んで、精神状態がヤバイです。
ブログにヘンなこととか書いても、見逃してやってくださいね。>皆さま
って、いつもヘンなことしか書いてないから、こーゆー時、べんり。
小児的ナルシシズムを粉砕する。
優れたコミュニティアートをつくるには、優れたディレクター、そしてアーティストが欠かせません。
「優れたディレクター」という人物像が、多岐にわたる知識・経験、そして気配りなど、わりと思い浮かべやすいのに比べて、「優れたアーティスト」という物言いが人々に連想させる幻想がイヤ。
「優れたアーティスト」というだけで、なんか「生まれつきの超越者」とか「不思議なパワーを持つ存在」とか、ほとんど「スピリチュアル系」の皆さんの憧憬の対象のような人物像が妄想されていそうで、気持ち悪くていてもたってもいられなくなります。
なんか、この一連の妄想には、小児的なナルシシズムの匂いがプンプンするんですよねー。
僕の言ってる「優れたアーティスト」像は、「さまざまな対象から謙虚に学びつづけ、創りつづける求道者」かなぁ。実際皆さんそうだし。
自分でもうまく説明できないんですけど、ナルシシズムを感じさせるものが嫌いなんですよね。見つけると、ゴキブリのように叩いて粉砕したくなってしまいます。
というわけで、ナルシーな方々は僕に近づかない方がいいですよ。
2009.01.13
アサヒ・アート・フェスティバル実行委員会。
アサヒ・アート・フェスティバル実行委員会。
今日は、WATARASE Art Projectの皆川さんから提案があった、20代のディレクター育成プロジェクトについてのプレゼンがあり、ディスカッションをしました。
快快の皆さんも参加してくださり、こまばアゴラ劇場の1982年生まれの演出家5名(+84年生まれ1名)による6作品を連続上演する企画「キレなかった14才♥りたーんず」の紹介もあったりと、いつもと違った雰囲気で楽しかったです。
アートNPOはどこでも人材不足です。ボランティア・コーディネートができる人材が必要です。さらには、アート・ディレクションができる人材は、ほとんど育っていません。
小規模アート・プロジェクトって、だいたい言い出しっぺの人が独断でアーティストを選んでいるか、もしくは参加したい人を誰でも出しているか、が多いんですよね。
プロジェクトに会ったアーティストを選んでオファーし、コーディネートするというアート・ディレクションができる人材。
コミュニティアート・ふなばしでは、山浦くんが現在この仕事を担当してくれるようになってきて、頼もしいです。
AAFの皆川さんの企画も、ぜひ盛り上がって欲しいですー。
日本のコミュニティアートのオリジンは、
1月9日のフランソワ・マタラッソさんのお話は、ベーシックな部分ながら、改めて考えさせられるものがありました。
英国のコミュニティアートと日本のコミュニティアートの違いは、「デモクラシー」の存在ではないか、と思いました。
英国の場合、草の根ベースのコミュニティ活動と前衛芸術が共鳴してコミュニティアートとして発達していきました。明確に、権力や体制へのオルタナティブなムーブメントとして、です。
日本でコミュニティアートについてお話するときに例えに出しているのが「お祭り」。「コミュニティアートはお祭りの現代版です」というと何となく分かっていただけることが多いので、よく使っているわけですが、一昨日展覧会に来てくださった美術史の研究者の方から面白いことを教えていただきました。
1920年ごろ、大正初期のプロレタリア美術展の内容が、浮浪者から政治家までさまざまな人の作品を並列して展示していたそうです。
この活動を行っていたメンバーは、大杉栄らいわゆるアナキストと交流していたとのこと。
なんか、中世からの花の下連歌や、江戸時代まで続いた笠着連歌っぽい臭いがプンプンします。調べる必要あり。
+++
ところで、「コミュニティアート」と「アートプロジェクト」はどう違うんですか?
とよく聞かれます。
「コミュニティアート」は、アートのスタイルで、市民とアーティストの交流のプロセスによってコミュニティの課題を発見・解決するアートそのもの。
「アートプロジェクト」は、コミュニティアートやそれ以外さまざまなアート、ときに商業芸術施設なども加わった複合的なプロジェクト全体を指す用語です。
とてもためになるテキストがありましたので、ご紹介いたします。
アートプロジェクトはアートとまちづくりの救世主となるか?
久木元 拓
http://www.dnp.co.jp/artscape/exhibition/focus/0812_01.html
2009.01.12
派遣切りとアートNPO、若気の至り。
国賊・みのもんたに怒っていたら、こんな記事が目に入りました。
元派遣、再就職に“心の壁”…「接客苦手」職種にこだわりも
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090112-OYT1T00003.htm
<以下、YOMIURI ONLINEより引用>
厚労省東京労働局によると、求職者1人あたりの求人数を表す有効求人倍率(パート除く)は職種ごとに大きなばらつきがある。都内の昨年11月の数値を見ると、「一般事務職」は0・27倍、「製造・土木」も0・55倍と極めて低い。これに対し、資格や経験が重視されるIT技術関連、介護関連などは3倍以上となっている。
資格を持たない人には、再就職は難しいように見えるが、特段の資格が必要ない「接客・給仕職」で5・93倍、「警備職」も5・74倍の求人があるのだ。現実には年齢や経験などの制約も受けるだろうが、同労働局の担当者は「給与や勤務時間帯など、人によってそれぞれ譲れない一線があるようです。その一線を越える仕事を無理に紹介できませんから」と話す。
<引用終わり>
「ハローワークには求人があるのに何で就職しない?」と、失業者を糾弾する人非人がいますが、実際のところ、この記事にあるように「接客」「警備」それから「介護」については、求人も多いそうです。
ただ、これらの業界の待遇は、就労環境はどうなっているでしょうか?
人間を消耗させ、十分な賃金が得られない“職場”が増えています。身を守るために、このような職種は選べない、という人も存在します。あと、「臨機応変に対応する」というのも、大きな能力の一つで、生育過程で身に着けることができなかった人に、いきなり迫るのは酷です。
25歳以下の労働者の半数は非正規雇用だと言われています。この世代より下の人は「正社員」などというものを経験したことが無いのです。
中年以上の年齢の人間は、この事実を十分把握し、さらに彼ら彼女らのメンタリティを理解することに努めないと、会話が成立しなくなってしまいます。てゆーか、コレをやってないからしてないんですけどね。>会話
それにしても、今後も日本では、高度なコミュニケーション、高い専門知識+幅広い分野の知識を持たないと、いきなし下層階級に直行ですな。最低賃金をなんとかしないと。
上で引用した記事には、見出しにもなっているように「人付き合いが苦手だから接客業は無理」という人が多いともありました。
人間はそう簡単に性格を変えることなどできません。
これからは、小学校から「コミュニケーション」という科目を取り入れないといけないんじゃないでしょうか?英語なんかよりも。
+++
今年、コミュニティアート・ふなばしでは、文化庁の委嘱で地域とアートをつなぐ「文化ボランティア」のコーディネーターを育成するという事業を行ってます。
昨日、文化庁の担当の方が展覧会とワークショップに足を運んでくださり、いろいろとお話しました。
そんな中で、普通のボランティアを育成するのでも時間がかかるのに、さらにその「コーディネーター」をたった1年で育てるなんて、制度設計的に無理が・・・みたいなお話をしました。
もちろん、文化庁がこのような人材育成プログラムを作ってくれるのは、とてもありがたいことです。
ただ、「コーディネーター」といえば、NPOの事務局長やそれに準ずる人材です。
自分のチームのマネジメント、事業のデザイン、アーティストとの折衝、地域のキーパーソンとの連絡調整、ボランティアのケアなどなど。
うちは、人材育成に力を入れているので、4年間がんばってくれれば、一通りのことができるようになります。
この「コーディネーター」レベルの人材は、アートNPOに限らず、どこでも本当に不足しているので、将来的にも発展性があります。
「ボランティア」と思うと、躊躇してしまうのも分かります。職業トレーニング・勉強と考えれば、月謝も教材費もいらない学校という再定義もできるのです。
これからの日本、そして世界で活躍する。そう考えたときに自分にはあと何が必要なのか。
考えて、そして準備できる人は、ラッキーです。
この、「教育力」という資源は、社会全体の財産なので、特定の人が独占することは許されないと思います。こういったいわゆる「ソーシャル・キャピタル」は、お金と違って、減るものではないし、さらに言うと多くの人に使ってもらうほど増えるものです。
ですから、ブログでも繰り返しこの話題を書いて、ご紹介しているのです。
アートにしても、アートを取り巻く社会環境がこれだけ高度に複合化してきているわけなので、アーティスト志望の人も、マネジメントやコーディネートのトレーニングをしっかり積んでおかないと、「学生の頃アートが好きだった人」になってしまいますよ。
日本はまだ、アートというと若者っぽいイメージがありますよね?アートの存在そのものが「若気の至り」みたいな。それは違います。
人生50年アートを楽しむには、相応の助走期間が必要です。
備えあれば憂いなし。
殺される。
どうやら、私たちは、みのもんたに殺されるはめになりそうです。
「年越し派遣村は、共産党だ」という、ネガティブキャンペーンが各所で張られているそうです。年越し派遣村は、弱者のために普通の人々が政府に異議を立て、世論の後押しの下で行政を動かした、稀有な成功例です。この成功が、私たちの成功なのです。
しかし、その小さな成功もつかの間、製造業における非正規雇用禁止は、民主党が裏切ったせいで、無かったことになるようです。
これでもまだ、危機感を覚えませんか?
私たちは、沈み行くタイタニック号の乗客なのでしょうか。
評論家のような言い草をしている場合ではありません。
2009.01.11
岸井大輔ワークショップ。
「船橋 コミュニティアートのまち」展。
最終日の今日は、岸井大輔さんのワークショップでした。
たくさんの方にご参加いただき、ありがとうございました。
門脇さんの「宝船」のある空間で、人々が集合離散する様子は、異様に面白かったです。
門脇さん、岸井さん、ありがとうございました。
2009.01.10
2009.01.09
2009.01.08
「船橋 コミュニティアートの街」展、始まりました。
始まりました。
特にオススメは、以下のイベントというか、WSです。
1月10日(土) 午前10時~12時 「コミュニティアートの秘伝授けます!」 ~門脇篤レクチャー&ワークショップ
1月10日(土) 午後1時~7時 船橋のびのび会議「船橋について語ろう!」
:船橋のコミュニティ、まちづくり、福祉etcについてのびのび語る6時間のロング井戸端会議。
※途中出入り自由です。
1月11日(日)午後1時~3時 「まちから作品をつくる」 ~岸井大輔レクチャー&ワークショップ
文化庁委嘱 平成20年度文化ボランティア支援拠点形成事業
船橋 コミュニティアートのまち 展
特定非営利活動法人コミュニティアート・ふなばし(理事長:下山浩一)は、文化庁委嘱 「平成20年度文化ボランティア支援拠点形成事業」の活動報告として、「船橋 コミュニティアートのまち 展」を開催いたします。
事業のビジュアルドキュメントの他、生きた活動の振り返りの場として、ワークショップ、「船橋のびのび会議」といったさまざまなアプローチで、船橋市中心市街地における文化ボランティアの活動を報告・検証いたします。
ぜひご参加ください。
会期:平成21年1月8日(木)~11日(日)午前10時~午後7時
会場:船橋市民ギャラリー(船橋市本町2-1-1スクエア21ビル3階)
JR・京成船橋駅下車徒歩7分
内容
①展示:活動ドキュメント「きらきら夢ひろば」
②展示:活動ドキュメント「山口横町ストリートフェスタ2008」
③展示:活動ドキュメント「コミュニティアート映像祭」
④展示:活動ドキュメント「コミュニティアートマネジメント講座」
⑤船橋のびのび会議:「船橋について語ろう!」 ※ゲスト多数
会期中のイベント
1月10日(土) 午前10時~12時 「コミュニティアートの秘伝授けます!」 ~門脇篤レクチャー&ワークショップ
1月10日(土) 午後1時~7時 船橋のびのび会議「船橋について語ろう!」
:船橋のコミュニティ、まちづくり、福祉etcについてのびのび語る6時間のロング井戸端会議。
※途中出入り自由です。
1月11日(日)午後1時~3時 「まちから作品をつくる」 ~岸井大輔レクチャー&ワークショップ
主催:特定非営利活動法人コミュニティアート・ふなばし
船橋市本町4-40-23 本町フリーマーケット内 http://www.communityart.net
2009.01.07
単に好みの問題かもしれませんが…。
掲示板やSNSで、「〇〇くん」とか「△△ちゃん」とかいう幼名系のHN使ったり、子ども言葉使う人って気持ち悪い。
気持ち悪いだけなら、単に僕の好みの問題だけど、いい大人が、自己表現やコミュニケーションの場で「子供アイテム」を使うメンタリティには、「幼児的全能感への回帰願望」が、チラつくので、危険だから近づきたくないのデス。怖いっす。
だいたい当たるんですよねー。>危険信号
2009.01.05
すごすぎる・・・。「新・自虐の詩 ロボット小雪」。
この格差という社会のシステムは人間を幸せにするのか?
純粋な感情を持ったロボット小雪を通して描く
衝撃の未来像(ものがたり)、
鬼才・業田良家がこの国の未来を描いてしまった!!<帯より>
ストーリーなどは、他所で見ていただくとして、ロボットコメディな前半から一転して、後半で描かれる近未来日本のディストピアは、戦慄が走ります。
さらにさらに、業田良家の直球な社会批判。
終盤の広瀬くんのお母さんの号泣には、ともに涙してしまいます。
不正義を正すために奔走する小雪の姿を見ていると、人間の住むこの世の中とは、決して一定以上の正義が発達しないように設計されている一種の地獄なんじゃないか、とすら思わされます。
「ロボット小雪」は、日常のすばらしさ、現代社会の批判から、人間の業までを描ききった驚愕の4コママンガです。
だいたい。
最近、「団体交渉」とか「デモ」とかいう言葉が、頻繁に耳に入り、嬉しいです。
デモでも、訴訟でも、言いたいことがあれば、もっと気軽にやればいいんだよ。
道路をみんなで歩くのは、楽しいからね!
2009.01.04
朝日新聞は、ゴミですね。
年越し派遣村には、各政党の党首クラスが足を運び、雇用対策の強化と解雇された派遣労働者らへの住宅確保を求める国会決議案を、5日召集の通常国会に提出することになったようです。
また、鈴木宗男議員の「ムネオ日記」によると、厚生労働省の講堂は、5日以降も使えるようです。よかった。
その反面、今日の朝日新聞の一面を見ると、
・「政府関与もっと 米の社会保障、民間任せに限界」
・「自民、参院公認前倒し」
・「iPS細胞 バイエルも特許出願」
・・・。
雇用の“こ”の字もありません。
このいわゆる「派遣切り問題」は、国の雇用政策のミスによる政治災害です。
庶民の側に立って、世論を盛り上げ、政府を動かすのが、公器たるマスコミの仕事でしょう。
庶民にとって気になる情報がない新聞を、誰が買って読むと思っているのでしょう?
庶民の購買力無くして、いったい誰が新聞を購読すると思っているのでしょう?
それでいて、「部数低迷」など、「バカ」としか言えません。
昨日は日経の悪口を書きましたが、朝日新聞もまた、倒産して無くなってもまったく問題ないですねー。はい。
年越し派遣村、行ってきました。<加筆しました>
「年越し派遣村」。
http://hakenmura.alt-server.org/
仕事がたまってヤバヤバなんですが、現地を自分で見ずにはいられないので、行ってきました。
日比谷公園内の片隅にある、年越し派遣村のエリアは、「撮影禁止」のボードを持ったボランティアが立っていらっしゃったので、周辺を。
僕が到着した13時頃は、ちょうど、暖かい汁物とおにぎりが配布されている時間でした。
今日1月4日に見る限りは、食品とボランティアは足りているようでした。
ムードも、おだやか。
お正月だというのに、主食がおにぎりというのが、心が痛みましたが。
しかし、寒い!
開放された厚生労働省の講堂は、明日5日の朝9時までの使用許可ということですが、それ以降はこの寒空の下に300人弱が野宿を迫られるのでしょうか?
また、今日まではボランティアも足りているようですが、学校や職場が始まる明日以降は、ボランティアが不足するということで、心配です。
さらに、報道を見て、これからも年越し派遣村には、入村希望者が増えることが予想されます。
TVなどマスコミがきちんした報道をするか、全然信用できないので、今後さらに注視する必要があると思います。
時間がある人は、ぜひ現地に足を運んでください。
+++
2ちゃんねるを見る限り、年越し派遣村の取り組みについて、バッシングが多いです。
2ちゃんねるユーザーは、30代~40代の年収400万円前後の中レベル所得層です。
この層は、雇用形態を問わず、社会情勢的には、本来、年越し派遣村に追いやられた人に近いはずですが、なぜバッシングをしているのでしょう?
それは、「恐怖」だと思います。
このような書き込みがありました。
俺なんかでも、ああいう風に墜ちたくないという気持ちと、
一歩間違えば墜ちてしまう怖さがあって、ああいう奴らを直視できない。
意識してるのか無意識なのかは分かりませんが、彼/彼女らは、自分も年越し派遣村に追いやられる側になる脅威を感じています。
だからこそ、年越し派遣村の取り組みをバッシングし、蓋することによって自分自身を安心させようとしている行為だと思います。
古今東西、寒空の下でお腹を空かせている人がいるならば、助けの手を伸ばすことは、誰でも普通に行うことです。他者に優しくなることは、自分自身を解放します。
のんびり生きられる世の中がいいよね~。
2009.01.03
「日本のNPOはなぜ不幸なのか?」

日本のNPOはなぜ不幸なのか?―「社会をよくする」が報われない構造を解くが、面白かったです。
NPO関係の本は、つまらないかくだらないかのどっちががほとんどなんですが、いわゆるNPO法の法案作成に尽力した方ということで、NPOの歴史をきちんと踏まえた内容で、説得力があります。
巻末にある通り、日本も「寺子屋」や「講」をはじめに「生活綴り方運動」や「識字学級」など、「民の公」が高度に発達していた国だったのが、明治以降いつの間にか、筆者いわく「国家公益独占主義」が幅を利かすようになってしまいました。
しかし、これは、長い歴史においては、極めて短期間の流行にすぎないのです。
この本では、「にわかNPO評論家」にありがちな、成功している事業型NPOばっかりと取り上げているのではなく、福祉分野のNPOが、現行法で法人格を取得したがゆえに苦境に陥っている様子、ボランティア型NPOが順調に活動を展開している事例なども、バランスよく取り上げられていて、NPOについて学びたいという人にオススメできる非常に良質な1冊です。
日本のNPOが、活動を広げていくことができない大きな理由として、政治の怠慢と官僚の妨害が大きなウエイトで書かれている点が、作者ならではの視点で納得させられました。まさに、NPOが成長することができない構造的な問題が指摘されています。
「NPOの活動を応援したい!」という筆者の姿勢がひしひしと伝わってくるのも、感慨深いです。
しかしながら、そろそろNPOのスタッフ自身が書いたNPOの本が欲しいのですが、NPOスタッフの本というと、「細腕繁盛記」みたいな、いかに自分たちががんばってるかみたいなものばっかりなんで、市民セクター自身がNPOを分析するアプローチが欲しいところですねー。
若手アーティストは、攻めに出る時期です。
1996年に「トヨタ・アートマネジメント講座」が始まり、2002年に「アサヒ・アート・フェスティバル」が始まりました。
現在、各地でコミュニティアートの取り組みが展開されています。
一説によると、アート・プロジェクトは、10年周期で流行ったり廃れたりしているそうですが、現在のこのムーブメントは、そのサイクルが当てはまらないような気がします。
アウトリーチを知ってしまった人が、知らなかった頃に戻ることはありません。
日本の景気が良かった時代には、メセナも行政の事業も、「効果」などに目くじら立てていませんでしたが、今は違います。
どのような観客に、そのようなインパクトを与えたのか。
どのような成果が得られたのか。
が精査されます。
寝ていればそのうち状況が変わるんじゃ・・・?
と思っている人もいるのかも知れませんが、どうでしょうか?
日本経済がこれから数年以内に劇的に好転するんですか?
これからのアーティストは、全方位型でパートナーを求めることになります。
旧来の「ハイアート」と「コミュニティアート」の区分が無効になってきます。
若いアーティストは、サイトを作り、ポートフォリオをつくり、ギャラリーやシアターに売り込み、アートNPOにガンガン自分をアピールすべきです。
特に、コミュニティアートに関しては、手法が洗練されつつありますが、それでもまだ確立しているわけではありませんし、パイもまだまだ育っている最中です。
ぼろ儲けができるわけではありませんが、高いお金を出してギャラリーを借りたり、アルバイトでお金を貯めて劇場を借りたりするのに比べれば、コミュニティアートに関わる方が、支出は少ないです。
最近のアートプロジェクトは、どこも「ドキュメント」に力を入れているので、自前の展覧会や自主公演よりも、はるかにきちんとした記録も残せます。
実際に、20代のアーティストがフィーチャーされるアートプロジェクトが増えています。若手アーティスト自身がマネジメントを行っているプロジェクトも、存在感を顕しています。今年1年で、またかなりシーンの風景が変わると思います。急いだほうが良いです。
行動力も実力のうち。
まずは、自分が気になったアートプロジェクトに足を運び、「自分ならこんなことができる」という提案を、遠慮せずに出してみると良いと思いますよー。
日経、早く倒産しろ。
日経の元旦の社説のタイトルが、小見出しで「新自由主義の崩落」などと書いていたんで、珍しく読む気になったのが、間違いでした・・・。
アメリカの金融危機のことをチョロチョロ書いて、小泉元首相や竹中平蔵の庶民からの搾取の数々の政策の失敗にはまったく触れず、自民党の犯罪的愚作も批判せず、アメリカに見捨てられないようにがんばれなんて言ってみたり。
結びは、なななんと!!「政治家も、国民も、世界と日本が険しい難所に差し掛かっているのだということを、常に心しておきたい」。
・・・。
馬鹿みたいなスキャンダル記事、官僚や政党の垂れ流しアナウンスをそのまま掲載しているような新聞は、反省なしですか。そうですか。
日経も、朝日も読売も早く倒産してください。
なくてもまったく影響がないということが、分かるでしょう。
2009.01.02
「ケータイを持てない若者」が顕在化します。
2007年の7月に、「ケータイ、羅生門」というエントリーを書きました。
年末からの報道を見聞きするに、いよいよ現実化しそうな勢いです。
「ケータイ、羅生門」では、若者を心理的に支えている存在としてのケータイを書いたわけですが、派遣や日雇い労働で働く人にとって、ケータイは、唯一の連絡手段であり、商売道具であり、生命線です。
オッサンたちは、「若いモンは、食事や本にお金を使わないくせにケータイ代にはお金を使いよって」などと言いますが、彼/彼女らがなぜそうしているのか?は考えないのでしょうか。
(1)現代の日本で、経済的に困窮している家族においては、義務教育を終えた少年・少女は、一家の稼ぎ手として、家計を支えることを要求されます。
(2)(1)よりもさらに過酷な環境下に置かれ、家庭教育・学校教育を十分に受けることができなかった少年・少女は、職業スキル以前の生活習慣が身についていないため、いわゆる「高校生アルバイト」として供給される軽労働にも耐えることができません。アルバイトにあぶれます。
(2)のグループの少年・少女の家庭は、経済的にも決して豊かではないでしょう。少年・少女は、ちょっとしたきっかけで若年ホームレスになってしまう可能性が高いです。
2009年は、いよいよ「ケータイを持たない(持てない)若者」が顕在化していくことになるでしょう。
そうなったら、「せめてケータイくらい持てるようにしてあげよう」というのが、生活支援目標の一つとなります。
ほーら。
若者のケータイを、ただ目前の現象としてだけ捉えて、脊髄反射のように罵詈雑言吐いてた「大人」、地獄に落ちますヨ!自業自得ですが。
常識や正義がある場所が変わってきている。
DUTY FREE SHOPP.×カクマクシャカ「音アシャギ」のDVDに収録されているインタビューを観ていると、地域とアート、社会とアートに関して、ストレートなアプローチが清清しいです。
「都立水商」のセックスに関連する事項の捌きかたのバランス感覚。
アサダワタルさんとお話ししていて、伝わってくるキャリアに関する考え方。
アンダーグラウンドな音楽、商業マンガ、コミュニティアート、と分野はまったく違いますが、皆さんの語る「常識」「正義」の“妥当”さに感銘を受けます。
地域コミュニティが機能していた頃、こうした「常識」や「正義」は、長老が担っていたのでしょうか。
家父長制が機能していた頃、こうした「常識」や「正義」は、お父さんが担っていたのでしょうか。
昔から、水商売に従事している人は、“世知に長けている”と言われていましたが、上に挙げた人たちは、「社会の最前線で起きている出来事」に、「自らの知力・体力・クリエイティビティ・感性」をぶつけながら、さらに「ネットを代表する情報の高度集積」を掛け合わせている点が、偏狭さを感じさせない所以でしょうか。
ポップカルチャー、ユースカルチャーを持ち上げる気は、さらさらないのですが、さまざまな情報、人の感覚・意識、お金が行きかう最前線と、さまざまな形態の“引きこもり”状態にある人では、育つ“知恵”というものに差がでるのは、考えてみたら当然ですねー。
政治村に引きこもる。同世代コミュニティに引きこもる。アート村に引きこもる。NPO村に引きこもる。家に引きこもる。自室に引きこもる。自分に引きこもる。どれも大して変わりない。
一昔前なら、権威っぽい人の言うことが正しいとか、引きこもりや不登校の当事者の主張が金科玉条のような扱われ方をしたり、いわゆる“ぶっちゃけ”トークが尊重されましたが、どれも、あくまで「データ」に過ぎないです。
判断・価値観の元となる“知恵”は、旧来とはまったく異なる場所に存在しています。
「South天加那志」DUTY FREE SHOPP.×カクマクシャカfeat.AWICH、平良美咲
「都立水商」は、もっと注目すべき。
「都立水商」21巻。
うるっときちゃいました。
ホステス、風俗、黒服、ゲイバー、etc.
水商売従事者のための職業高校を舞台にしたこの作品は、原作小説をはるかに凌駕した良作へと成長しました。
この作品で一貫して扱っているのは、「人間のプライド」です。
決して恵まれた生い立ちではない、強くもない生徒・教師たちの成長の物語です。
この巻では、大手キャバクラグループの変態社長に、「進路」をたてに圧力をかけられたエピソードで、たくましくなった生徒たちの姿に感激してしまます。
まさか、「水商」に高村光太郎が出てくるとは思いませんでした。。。
僕は、アート作品における「性役割の対象性」について常時チェックしているのですが、性産業を扱っているこのような作品で、ポリティカリィ・コレクトっぽいノリとは異質な明るさで、男女・セクシャリティについてニュートラルなスタンスは、日本の小説やマンガ、映画、音楽、通して見ても瞠目すべきバランスです(あえて言うなら、登場人物が美男美女ばかりなのが・・・)。
原作者・作画も、ともに男性で、このようなテーマを爽やかに描けるのも、奇跡的です。
批評などにおいてさえ、書き手のセクシャリティや、好みのタイプ(巨乳好きとか美少年好きとか。そんなこと誰も聞いてないんだよ!批評に関係ないし)とかがうざったい中、これだけの長さの連載でトーンがぶれないのは凄いことだと思いますー。
編集者がめっちゃ優秀なのかも。
2009.01.01
天皇陛下のお言葉。
敬愛しているブログ「世に倦む日日」で紹介されていた、天皇陛下のお言葉が心に刺さっています。
これは、天皇誕生日に寄せてのコメントです。
世界的な金融危機に端を発して,現在多くの国々が深刻な経済危機に直面しており,我が国においても,経済の悪化に伴い多くの国民が困難な状況に置かれていることを案じています。働きたい人々が働く機会を持ち得ないという事態に心が痛みます。
これまで様々な苦難を克服してきた国民の英知を結集し,また,互いに絆を大切にして助け合うことにより,皆で,この度の困難を乗り越えることを切に願っています。
<宮内庁HPより>
そう、「絆」だよな。
他者を思いやる心。
人と人の絆。
アサヒビールの加藤種男さんが、ある打ち合わせの時におっしゃってました。
「アサヒビールのメセナ活動は、今後、80年後の隅田川にシラウオが蘇ることを目標としたい。80年後なんて、今ここにいる誰も生きていないけれど、それくらい先のことを考えて取り組まないといけないんだ」と。
伺っていて、とても感動しました。
毎日接する一人ひとりの人との時間を大切にしつつ、100年後の未来に向けて、コミュニティアートの仕事を果たしていきたいと思っています。



































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