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2008.03.31

【5er】@渋谷。

【5er】@渋谷。
近藤さんが主宰する、建築・美術系を中心にした学生のプレゼン・イベント【5er】に伺う。

渋谷のファイヤー通りの路面の小スペースが、学生でぎっしりで驚きました。

プレゼンは、自己アピール系から卒業制作まで、いろいろなものがあって面白かったです。
「学生」「プレゼン」というと、就活対策とか、ポジティブシンキングの自己啓発系かと思っていたのですが、「人前でプレゼンテーションする機会がなかなかないから」という非常に真っ当な動機で、自分達が自分達のサイズに合った感じのいいステキな場を作っていて、素晴らしいと思いました。

建築系を中心に、昔でいうところのインカレサークルがたくさんできて面白い活動をやっているようです。

みんな20歳くらいで、大人は僕一人。
マイノリティ感も堪能させていただきました(笑)

近藤さん、皆さま、お疲れ様でした。

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potalive 前橋編 vol.1「いわにあう」 0329鑑賞。

Image039

potalive 前橋編 vol.1「いわにあう」
作・演出・案内:笠木真人(うさぎ事務所)
出演:青山るりこ(ダンサー/高襟)、中川鳶(俳優)、堀口聡(俳優/野鳩)

ポタライブがなんだか凄いことになっている。
これを感じたのは、昨年のこまばアゴラ劇場「夏のサミット2007」で、主宰の岸井大輔さんのワークショップを受けたメンバーによる新作ポタライブが一挙12本も上演されたことによります。
岸井さんによる作品は無し。

その人本人が歌ったり踊ったり、語ったり、仕事したりetc.というのがフツーというか凡人の“頑張り”。
自分の考える世界を、他者を通じて実現するということは、教育プログラムづくりだったり、様式の確立だったりします。
システムづくりですね。
岸井さんは、ポタライブを立ち上げ当初から、「新しい演劇の様式をつくる」ということを仰っていたわけなので、それがいよいよ達成しつつあるのか!
と思ったわけです。

Image076 potalive 前橋編 vol.1『いわにあう』
前橋は祖父の家があったところで、幼稚園くらいのころまで僕も住んでいた場所、ということで絶対観たいと思い、なんと新幹線に乗って観に行ってしまいました。
ポタライブ自体の料金が\1500なので、いったい何倍のお金をかけて観に行っているんだか(笑

今回の作品、しかも事前情報で上演時間3時間!ということです。
ポタライブの3時間ということは、3時間歩かされるということ。
しっかり腹ごしらえし、荷物はコインロッカーに預け、万全の状態で、気合い入れて観ました。

JR前橋駅の改札を出ると、案内役も務める笠木真人さんが。
参加者は12名。



Image072 駅前のロータリーから、紅雲町を抜け、利根川の河川敷、群馬県庁をくぐり、中央通り商店街を抜け、広瀬川を渡り、タイトル「いわにあう」の“岩”を目指します。
これがまた、ただ歩いているだけで前橋は面白い。
古い町なので、あちこちに残された“ソマソン”チックな建築物があったり、水の町・前橋の所以たる水量豊かな川があちこちを走り、八百屋で干芋や辛味大根を買ったり。
旧厩橋城跡の県庁周辺は、桜並木も豪快で、見事としか言いようがないのです。

3時間のコースの中、3人のパフォーマーはほんのちょっぴり、観る時間にして数分のパフォーマンスを数回ずつ差し込むだけ。
スペクタクルな展開もなし。



Image054 案内人の笠木さんのお話が、とても抑制が利いていて良かった。
作者としてのモチベーションはぜひ聞きたい。けれど、現代口語での語りは、現在の小劇場演劇、そして私たちの会話がそうであるように、とても自己中心的でチャイルディッシュになりがちで、往々にして聞けたものではないというのが、あるのですが、笠木さんのお話は、そぎ落とされた口語で好感が持てました。

ぜひもう一度観たいし、多くの人に観ていただきたいpotalive 前橋編 vol.1「いわにあう」でした。

それにしても、岸井さんはすごいなぁ。現在の日本で僕がもっとも重要だと思うアーティストの1人です。

ポタライブも実際参加してみないとわかりにくい種類のアートです。

「面白そう」と思った人、「すごいつまんなそう」と思った人、どっちも現代のアートに興味がある人ならば、ぜひ一度体験した方がいいですよ。

現在、「potalives R.」と銘打って、練馬編vol.1・前橋編vol.1・吉祥寺編vol.7・西東京編vol.1・鐘ヶ淵編vol.1・船橋編vol.2と関東のあちこちでポタライブが上演されています。
ちなみに、僕はこの後観られるポタライブを全部予約しました。

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変なダンス。

なんだこりゃ! 「人間知恵の輪ダンス」???

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2008.03.30

GRANSTA。

GRANSTA。
京都からとんぼ返りして東京到着。
お世話になった方がご退職なので、ささやかなお祝いの品を…滑り込みでGRANSTAで買う。
GRANSTAの酒屋さんのスタッフは、こちらのリクエストを伝えると、「これはオススメできません!」と極めて明快にアドバイスしてくれて気持ち良かったです(笑)
こういうお店で買い物がしたいです。

「買い物するヒマがない」というのが、最近困ってます。

本当に美味しいお菓子や、欲しい服は、ショップまで出向かないと手に入らないんですよねー。
「安い」よりも「質が高い」を重視して欲しいんですよねー。

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めくるめく紙芝居2008。

Image102

「アサヒ・アート・フェスティバル2007」おそらく最後の企画「めくるめく紙芝居」を京都は山科まで観てきました

http://www.voluntary.jp/weblog/RedirectServlet?npoURL=mek

めくるめく紙芝居公演
「京都 プチ山 うさぎ事件簿 宇宙行ってきたんじゃな~い?みんな楽しいんじゃ
な~い?めくるめくんじゃな~い?」
知的障害者と健常者からなる一座(という感じ)は、昨年9月にAAF2007検証チームのモニタリングで、ワークショップにお邪魔したときの雰囲気そのままのショウになっていて、非常に驚きました。
会場の「東御坊山科別院 長福寺 本堂」の絢爛たる装飾をそのまま借景とした唄ありダンスありの祝祭劇。

Image095 ゲストアーティストの林加奈さん、HANA★JOSS、山下残さん、井上信太さんらは、皆さんアーティストに見えない(笑)
他の出演者に埋没しきっているのが素晴らしかったです。これは褒め言葉。
最前列に座っていたので、「来るかな?」と思ってましたが、予想通り、途中引っ張り出され、踊りまくってしまいました。

障害を持った人のパフォーマンスは、日本でも質の高いものが多数現れていますが、今回の公演は、舞台公演につきものの緊張感が感じられないのがびっくりでした。
これまで1回もワークショップに参加しなかった人も出演していたとか。
制作の井手上さんにお話を伺いましたが、「めくるめく紙芝居では、このゆるさを作り上げることに注意を払ったとのことです
いわゆる練習や振り付けについていくことが出来ない人でもパフォーマンスができるという参画のための装置づくり、これが「めくるめく紙芝居」の本質のようです。

ちなみに、僕は「ゆるいノリで」ということを言う人に対して不信感を持っています。そう言う人をぜーんぜん信用していません。
「ゆるい」というのは、あくまでも当事者だけで、内輪に入れない人にはまったくケアしないし、その気もない。
問題を抱えていない人はこの「ゆるい」人たちの中にも当然いるんだけれど、その問題を他者に説明したり、課題を共有したりするつもりはない。という閉鎖的な傲慢さがすぐに露呈するから、です。

というわけで、僕は「ゆるいノリ」と言う人、それっぽい雰囲気のものに出会うとチェックせずにいられないのですが、「めくるめく紙芝居」の開放的な雰囲気は素晴らしかったです。
これもやはり、企画者がどのようなものを創りたいかという点に関して、非常にビジョンが明確で、妥協をしていないからだと思います。
そう、平和も、のんびりも、汗水たらして創るものなのです。

出演者&スタッフの皆さま、お疲れさまでした!

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めくるめく紙芝居@京都山科。本番18分前。

めくるめく紙芝居@京都山科。本番18分前。

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めくるめく紙芝居@京都山科。

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2008.03.29

ポタライブ前橋編05。

ポタライブ前橋編05。

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ポタライブ前橋編04。

ポタライブ前橋編04。

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ポタライブ前橋編03。

ポタライブ前橋編03。

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ポタライブ前橋編02。

ポタライブ前橋編02。

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ポタライブ前橋編01。

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2008.03.28

「医龍」やばい。

「医龍」やばい。
今週号の「医龍」、最終ページで震えました。

加藤、凄い。

何号か前、元カレの奥さんを救うために手術室に現れた時も、女神のようだったしね。

遠藤周作の「深い河」に出てくるエピソードで、インドの寺院の壁に刻まれている女神の話しを思い出しました。
痩衰えた胸から搾り出すように乳を流し、子どもに飲ませる女神。

人を助けるということは、ゆとりがあるからするのではない。
自分の命を削って、人様に差し出すのだ、ということでした。

「医龍」、かっこ悪くて最高にカッコイイです。

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「光の庭の子どもたち」第二期に向けて、大木裕之さんとの話。

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「光の庭の子どもたち」第二期に向けて、大木裕之さんとの話。

「光の庭の子どもたち」で、2009年、別府で開催される「09フェス」(仮称)に参加したい。
家かお店1軒を使った“場”を創りたい。

通常の映像作品の上映では、観客は暗闇のなか、椅子に固定されるけれど、「光の庭の子どもたち」は、上映されているスクリーンの前でお客さんが活動的になってしまうものにしたい。

「光の庭の子どもたち」は、“場”をつくるプロジェクトにしたい。

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2008.03.27

BEPPU PROJECT@船橋。

BEPPU PROJECTの林さんがいらっしゃったので、急遽、淡路島アートセンター船橋支部の支部長さんもお招きし、歓迎会!

今年、アサヒ・アート・フェスティバル2008で実施する「AAF学生リーダー・エクスチェンジ・プログラム」の打ち合わせや、BEPPU PROJECTが来年開催する「09フェス」(仮)へ、コミニティアート・ふなばしとしての関わりなどを詰めました。

一番盛り上がったのは、蒼井優についてでしたが(笑)

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NPOの階層。

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自分のものの見方を形成している本、というのは誰でもいくつかあると思います。
僕の場合、ぱっと挙げると、

・「アウシュビッツは終わらない」プリモ・レーヴィ著
・「解体屋外伝」いとうせいこう著
・「生物の複雑さを読む―階層性の生物学」団 まりな著

の3冊です。
ほんとはもっとあるかもしれません。

最近、階層のことを考えることが多いので、「生物の複雑さを読む―階層性の生物学」を読み返してみました。

団まりなさんは、生物学者で、生物の進化を「階層」という考え方で説明している人です。

これは、2つの生物を比較する際に、

a)包含関係
b)新機能の付加

という観点で、どちらがより進化しているかということを判断するものです。

a)包含関係:どちらかの構造が他方に含まれていれば、含んでいる方がより進化している。

b)新機能の付加:どちらかの構造に新機能を付加して他方が成立している場合、付加されている生物がより進化している。

おおざっぱに言って、こんな見方です。

NPOも、この見方を当てはめて見てみると、その団体のライステージがより鮮明になるのではないかと思ってます。

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「青春」の跡地。

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昔から知っている、20代後半の人に会うのは楽しい。
それは、生活の疲れや将来への不安で、表情がくすんで見えることがあるからです。
キラキラ輝いていた人。その魅力は生物としての若さによるものだったのか、その人が育てた実力なのかが明らかになってくる時期です。

「魔法にかけられて」ならぬ「魔法が解けた」この状態、個人的には「青春の跡地」と呼んでます。
キラキラ輝いていた人。その魅力は、生物としての若さによるものだったのか、その人が育てた実力なのかが明らかになります。

若さを実力と勘違いしていた人にはつらい時間が始まります。

世阿弥は、童が持つ愛らしい魅力を「時分(じぶん)の花」、芸を極めた人が放つ輝きを「まことの花」と呼び、区別しています。
この「まことの花」の方は、60歳くらいから先が勝負で、衰えと闘いつつ、磨くものだそうです。

僕はアイドルが好きなのも、「魅力−若さ= 」の先に残るものを検証するのが楽しいからなのです。

人生の始まりである出産や、ドラマティックな恋愛もすばらしいですが、人生が終わるときもまた、味わい深いし考えさせられるものだと思うのですが、いかがでしょうか。

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年寄りの友だちは年寄り。

年寄りの友だちは年寄り。
高校生の友だちは高校生。
男性は男性と仲良し。
日本人は日本人同士。
健常者だけの集団。

↑というのは、たまたま同じ小屋に入れられた豚さんやニワトリさんと大して変わらない。
同じ小屋の周りにいる個体とくっついて交尾し繁殖…。ひぇぇ!

コーディネーターとして働きたいと思っている人は、異なる属性を持つ人同士のコラボレーションを設計したければいけないので、与えられた範疇だけでプランニングするだけでは、無理。

人間はコミュニケーションをデザインすることができる珍しい動物なのだから、「人間らしく」生きたいものです。

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2008.03.26

ロフトワーク×101TOKYOトークセッション「日本の現代アートのこれから」。

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ロフトワーク×101TOKYOトークセッション
「日本の現代アートのこれから」

4月に開催予定の新しいアートフェア「101TOKYO」と「ロフトワーク」のトークセッション。
101TOKYO実行委員で、TokyoArtBeat代表の藤高さんと、ロフトワーク取締役 林さんにより、世界のアートフェアの概要や「101TOKYO」のポジションのお話しが面白かったです。

世界的にアートフェアが盛り上がっているので、作品の販売を行わない美術館は、「体験」を提供する傾向が強まっている、などというお話しも興味深かった。

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2008.03.25

思い込みが激しい人は疲れる・・・。

今週は、ひたすら書類作成モード。

アートNPOリンク「アートNPOデータバンク2007」が完成しました。
今年もものすごい力作です。

今回のテーマは「助成金」
全国のアートNPOに、助成金に関しての実態と要望を調査しました。

助成金に関しては、ないと困るし、かといってお金があればすべて問題が解決するわけでもないという分野のトピックです。

・「精算払い」(後払いですね)は団体に負担が大きいので困る。
・設立3年以上の団体しか応募できない助成プログラムというのはおかしいのでは。

などなど、現場の声が多々。

興味深かったのは、未だに「(助成金の)申請書を書ける人がいない」とか「申請書類ネットでダウンロードできない」といったものがあることです。

千葉県は、堂本知事が「NPO立県」を標榜してくれているので、NPOに関する施策が進んでいます。
それでも県庁には、苦情とか陳情をまくし立てに来る“NPO”がまだあるそうです。

常日頃から、「ネットで調べれば分かる程度の情報なんか空気や水のようなものだから価値は無い」と言ってますが、そーでもないんでしょうか。

事務に慣れていないNPOを貶すことは誰でもできるので、気が進みませんが、個人であろうと組織であろうと、公的な仕事を担うには相応の資質が必要なのは明らかです。

思い込みが激しく、相談できる知り合いが周りにいない、けど主張はしたい。
という人の受け皿になっている行政の皆さま、本当にお疲れ様です(←それが終わりかいっ)。

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アートの価値。

「びわ湖ホール問題」は、我々アートNPOが文化予算の増額を訴えると、福祉や環境予算が削減されるという事態も有り得るという当たり前の事実を考える良い学習になりました。

福祉、環境、教育、経済、安全などなど社会を構成する様々なアクティビティと同じテーブルで、アートの価値を語る場面が、これから多くなります。

「田舎から上京した若者の輝かしい青春の1ページ」では終わらない、「ゆりかごから墓場まで、さらには死んだ後まで」を面倒見るアートを、これから語っていきます。

アートは、記憶・人の尊厳・自己イメージ・コミュニケーションといったとてもデリケートな部分都市イメージや共同無意識のような大きな視点で観なければいけない部分を併せ持つものなので、これに関わる者の教育は、単なるアーティスト教育やアートマネジメント教育で収まるものではないような感じもビンビンします。

市民がアートに関する知識がないのをいいことに「火事場ドロボー」のように稼いできた自称「アートの専門家」さんたちは、次はどこで稼ぐのでしょーか?

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2008.03.24

「ラズベリー・ライヒ」、面白かったー!

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本を買ったはいいけれど、読む時間がなくて積み上げてしまうのを、「積ん読」と呼ぶそうですが、最近「積んDVD」進行中。
まだ観ていないDVDのタワーまでできて、生活空間がさらに減ってきました…。

ブルース・ラブルース監督の「ラズベリー・ライヒ」、なんか理屈っぽくてつまんなそうと思いつつ、セクシャルマイノリティ系の映画は観ないと、とかぐだぐたして「積んDVD」になってしまうといけないので、観たところ、予想に反してむっちゃ面白かった!

ドイツを舞台に、「性の解放」を目的にする過激派集団の物語なんですが、色彩・音楽がキュート。
異性愛・同性愛入り乱れるハードなセックスシーンがスタイリッシュな映像表現で、破壊力がブーストされてます。

美的な強度と社会的コンテキストへの目配りとの、さじ加減が素晴らしい。

異性愛を同性愛に置き換えただけのいわゆる「ロマンチック・ラブもの」はBLにでも任せておけばいいし、同性愛者をトリックスターとして配置するのは80年代までのセンスなので、そういった見方は潰して他の観点から観るとして、セックスを扱った映画では、ツァイ・ミンリャン監督の「西瓜」と同じくらい面白かったです。

オススメ。

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2008.03.23

コムケア・フォーラム2008。

コムケア・フォーラム2008。

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2008.03.22

大木裕之 プレゼンツ たまたま#6。

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大木裕之 プレゼンツ たまたま#6
3月22日(土)の1日目に遊びに行ってきました。

会場の武蔵小金井のアートランドでは、終電までのプログラムだったそうで、全部は立ち会えず、

【大木裕之作品上映】
「光の庭の子どもたち」(1998-/40分)
「デジヤマ−天地創造」(1998-/30分)
「“松前君の(愛の)日記帳2008”」(2008/メディア・アート)

【ゲスト】
・「さみだれ」(2004/23分)監督:金子雅和
・らら(朗らか青年音楽家)
・鵜飼悠(写真)
・岡和田直人(アーティスト)
・キクプロジェクト feat.田辺小夏

まで観ました。
大木さんの作品は、やはり良い。が大木裕之というアーティストが置かれている状況は変化したので、90年代から使っている現在のようなパッケージの仕方は、再考した方がいいのではないかと思いました。

おっと、キクプロジェクト西村知巳さんとお話しなければいけなかったのに忘れた-。

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お金を貰える人と払わなくてはいけない人の違い。

状況に反応して喜んだり悲しんだりする人は、「お金を払う人」。

状況を創る人が「お金を貰える人」。

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2008.03.20

「やりたい」という感情が露呈してしまう瞬間。

絡みとかセックスの行為自体にはあまり興味がないんです。セックスそのものより、人が「やりたい」と思ってしまう瞬間、そうした感情が露呈してしまう瞬間に面白さを感じるんです。普段は気取ってい生きている人たちが、致し方ない衝動に突き動かされて醜い本能を曝け出すとき。僕はそこに最高のエンターテイメントを見出すんです。<引用:SPA!「エッジな人々」 2008年3月25日号より>

ポツドール三浦大輔さんのインタビューを読んで、深く同意。

人間というものは、恐ろしい生き物で、生活空間をものすごい勢いで“自動化”して、なんでもかんでも「当たり前」で驚きや発見のない場所にしてしまう。

これは、子どもから大人まで、男女を問わずおんなじで、スーパーのレジを打つ人・公務員・アーティスト。どんな人でも当てはまるところが恐ろしい。

AVが面白いのは、「やりたい」という感情だけでなく、外部からやってくる存在が侵入し自らと交わることによって引き起こされるシステムの一時的な崩壊、さらに生理までも巻き込んで起こるエクスタシーが記述されているところだと思います。

ポツドールは、「恋の渦」「激情」しか観ていませんが、大好きなカンパニーです。

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2008.03.19

ニブロール×オン・ケンセン「Asia.Ai」。

Sozo

桜木町の創造空間9001で、ニブロール×オン・ケンセン「Asia.Ai」を観る。

ニブロールはシアターで大仕掛けのものより、小空間でのパフォーマンスの方が良いと思ってます。

シンガポールの演出家、オン・ケンセンは、何年か前に、森下スタジオでの公演でも、自身のカンパニーであるシアター・ワークスと日本のグラインダーマン山中透さんといったアーティストとのコラボレーションを観ましたが、日本勢はオン・ケンセンの手駒として使われている感満載で、ショウとしては面白かったものの“コラボレーション”と呼ぶには疑問が残るものでした。

今回は、矢内原美邦によるAパートと、オン・ケンセンによるBパートの二本立て。
そしてテーマは何と「源氏物語」!!

Aパートはいつものニブロール。「源氏物語なんて知らない」というスタンスから、男女が平和的に戯れる日常から源氏物語のメンタリティへ慎重にアプローチしていく。

オン・ケンセンによるBパートは、日本をテーマにパフォーマーが持ち寄ったエピソード・映画・音楽をもとに構成されている。

Aパートは正直言って新味は無いし、Bパートは「南京虐殺」「靖国」「売春の島」といったエピソードが取って付けた様で成功しているとは言えない。

が、全体としてとても面白かったのは、チャイルディッシュで自閉的に見える日本の若いパフォーマーが、それでも一人のアーティストとして創作プロセスに参加したり、社会的なテーマにアプローチし、海外のアートシーンに繋がっていく様子がまさにリアルタイムで解るからです。

アフタートークで、矢内原さんが、日本のパフォーマーがバイトで追われている状況を「パートタイム身体」と呼んでいたのが面白かったです。
その「パートタイム身体」の出演者のお話が伺えるとさらによかったと思いました。

しかし、この日も客席は批評家・行政の文化担当者・プロデューサーが大勢来てましたが、もっと若手アーティストや学生に観てもらいたい公演です。

小説でも舞台でも、趣味で楽しむのとは別に、「観るべき作品」というものがあります。
将来、アートの現場に関わろうと考えている人は、こうした「観るべき作品」は押さえるべきなのです。
いわゆる「話題の作品」は、みんな知ってるから自慢にならないというか、他人と差別化できないしねー。

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2008.03.18

「60s 70s 80s」!!

60s 最近の安室奈美恵のシングルは、あまりにも良いのでこればっか褒めてるとアホみたいなんで自重しようかと思ってたんですがっ。

新作「60s 70s 80s」、すばらしすぎ。
悪い意味でアーティスティックな方向に行ってしまうんじゃないかと心配していましたが、杞憂。
人気タレント・安室奈美恵の本領発揮の誰でも楽しめる下世話でポピュラーなテイストに仕上がっていて、かえって驚かされました。

たいしたクオリティでもないくせに「分かってくれる人だけが分かればいい」とかいってアーティストぶることは誰でもできますが、こっちは選ばれた一握りのスターにしか無理。
PVがめっちゃかわいいんで、ぜったいDVD付きがオススメです。

80年代テイストのその名も「WHAT A FEELING」にメロメロです。
アイリーン・キャラの曲のサンプリングで間口が広そうに見せてますが、大沢伸一のトラックは、最初から最後まで丁寧に聞いているとかなりアバンギャルド。

こんな曲をヒットチャートに送り出してしまうアーティストは偉いと思います。
優れたアートはみんなで楽しみたいものです。

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「魔法にかけられて」を見ずにアートを語ることなかれ。

「魔法にかけられて」を見ずにアートを語ることなかれ。

というのはオーバーですが、よかった〜。

ジゼルが弁護士の部屋を都会のケダモノを使ってお掃除するシーンは、デビッド・クローネンバーグへのオマージュに違いない。

くだらないアイディアの数々を巨額の予算と世界最高の能力を投入して作られたコンテンポラリーなコメディーには、隙がない。

興味深かったのは、美のコードが微妙にずらされている点で、ジェームズ・マースデン演じる王子様とか、ビミョーに髪が薄くて、かっこよくない。
ジゼルもお肌に染みが目立ったりと。

「やや汚れ」くらいがちょうどいいのは解りますが、昔の映画なら、「美女が汚れ役を演じております」というお約束をわかりやすくビジュアルで説明していました。

「ヘアスプレー」も、見事に美人が出ませんでしたが、アメリカ映画において、美の在り方が変わりつつあるのでしょうか。

しかし、これだけ優れた映画が1800円で観られるわけですから、アート関係者としては、自分たちのプロジェクトは参加者に「魔法にかけられて」を見るよりも有意義な体験をプレゼントすることが要求されている、ということを自覚するためにも、ぜひ見ておいた方がいいですョ。

ちなみに、「真実の魔法」が現れる3人の最後のシーンが大好きです。

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2008.03.16

良客とは。

良客とは。

・オシャレして来てくれる人。
・お友達を誘って来てくれる人。
・良質の人脈を持っている人。
・性格が明るい人。
・紹介上手な人。
・褒めることが上手な人。
・受け身でなく自分から積極的に物事に関われる人。
・場のコンテクストを把握して上手く立ち回れる人。

↑です。


逆に、野暮ったい服装で陰気な人、話題がツマラナイ人が来ることが分かっている時、オーガナイザーは、良客にその倍の人数は来ていただく手配をします。
学校のオベンキョーだけしてればそれでいいと思ってる人に多いんですが、オシャレを軽視してはいけません。
古今東西、オシャレは敬意の表象です。

貴方が努力しない分、他の人が頑張っているのです。
せめて奇麗な色の服着て来てください。

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向島アートまち大学 シンポジウム。

向島アートまち大学 シンポジウム。
向島アートまち大学 シンポジウム
「探そう!活かそう!私のまちの地域資源」というサブテーマで開催されるシンポジウムに参加してきました。

パネリストは、松山のカコアの徳永高志さん、川口の木村裕美さん・増井真理子さんと、お世話になっている方ばかり。

場の温まり加減が、向島の息の長い取り組みを反映するかのごとく、さすがでした。

地域コミュニティにおけるアートプロジェクトについて、徳永さんが事例紹介の中でおっしゃるっていたように、アートとして「とがる」ことと、さまざまな人に「ひろがる」ことが相反するものとして語られることが、アートが一部の都市生活者のための“大人のオモチャ”だったシーズンはそろそろ終わり。

アートは各地の民族の文化にとどまらない記憶のアーカイブであり、そのアーカイブは死んだ収蔵庫ではなく全ての人に開かれ新たな創造活動の場にもなっているべきものです。

そんなことを考えました。
ここら辺の話しがピンと来ない人は、かなりの情報弱者だと思います。
テレビで取り上げられると「最近、○○が流行ってるんだって?」とかいうオジサンのイメージです。

あなたはダイジョーブ?

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大木裕之プレゼンツ たまたま#6

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映像作家・大木裕之さん主催によるイベントのお知らせです。※広報協力age。

コミュニティアート・ふなばしでは、映像作家・大木裕之氏さんとともに1998年から1本の映像作品を製作しております。
この作品「光の庭の子どもたち」は、知的障害児と舞踏家中嶋夏さんとのワークショップのパートのドキュメントをメインに、放浪のアーティスト・大木裕之さんの自由な魂のもと、全国各地の人々の聖俗合さった表情とミックスされたもので、2008年からは第2部の撮影が始まるという気の長いプロジェクトです。

大木裕之さんと言えば、「ニュー・クィア・フィルムの旗手」と言われてみたり、「マイクロ・ポップ」として取り上げられたり(どちらも外れているわけではありませんが)、日本だけでなく中国やネパールまでも放浪しながらフツーの人とフツーに交流する日常を撮影するスタイルが日本のアートシーンを凌駕しているため結果として無視されたりしてますが、他人のご都合による語り口ではなく、自選の作品をまとめて見ることによって真価を確かめられる貴重な機会です。

「光の庭の子どもたち」も上映されます。
ぜひ遊びにいらしてください。

たまたま#6
「フィクション2 ― "松前君の(愛の)日記帳2008"」

~2008年、“メディア・アーティスト宣言”した大木裕之の、めくるめく二日間~

会場:アートランド(JR武蔵小金井駅南口下車・徒歩1分)

○ 3/22(土)
18:30open/19:00start charge:2000円(w/1D)

【大木裕之作品上映】
「光の庭の子どもたち」(1998-/40分)
「デジヤマ−天地創造」(1998-/30分)
「“松前君の(愛の)日記帳2008”」(2008/メディア・アート)

【ゲスト】
・上映「さみだれ」(2004/23分)監督:金子雅和
・パフォーマンス:ion(妖精)
・トーク「メディア‐メディウム‐建築」ゲスト:クミコスキー(ダンサー・DJ・ARTLAND主宰) 他

その他、たまたまゲストを予定

○ 3/23(日)
[第一部] 13:30open/14:00start charge:1300円

【「松前君」SPI三部作上映】
14:00「松前君がなるための死後のフロー」(2003/86分)
15:30「松前君の旋律Ⅱ」(山口mix/2004/50分)
16:30「松前君の計画と荒廃の精神」(2005/104分)

[第二部]  18:30open/19:00start charge:2000円(w/1D)

【大木裕之作品上映】
「ウム/オム」(2005-/40分)
「g8ー23(カリ)」(2005-/23分)
「マー⇔メイド・オン・ザ・バルコニー」(2006-/10分)
「“松前君の(愛の)日記帳2008”」(2008/メディア・アート)

【ゲスト】
・上映「さよならメタ野郎」(2007/15分)監督:高重歪彦
・上映「ママ たまたまEDITION」(2008/10分)監督:石川多摩川
・上映「ハチマン」(2005/25分)監督:田口朋毅
・パフォーマンス:岡村泰子(ダンサー)

その他、たまたまゲストを予定

★3/23(日)一日通し券有り!! charge:2800円(w/1D)

2日間を通じて、以下のゲストの展示、上映、パフォーマンスがあります。

・らら(朗らか青年音楽家)
・梅津庸一(アーティスト)
・鵜飼悠(写真)
・岡和田直人(アーティスト)
・キクプロジェクト feat.田辺小夏
・DJピロピロ

※都合によりプログラムを変更する場合がありますのであらかじめご了承くださいませ。

■ご予約・お問い合わせ
†大きい木
mail:tamatama_ooki@yahoo.co.jp
電話:090-1209-5298(大木)
†ご予約方法
 (1)お名前 (2)ご希望日時 (3)枚数 (4)お電話番号
 をメールかお電話でお知らせください。ご観覧日の当日3時間前まで受付けいたします。

■ Web
http://blogs.yahoo.co.jp/tamatama_ooki/
■ Mixi大木裕之コミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=25048

■会場
武蔵小金井アートランド
http://www.freespace-artland.com/
〒184-0004
東京都小金井市本町1-16-6 小金井マンション1B
TEL&FAX 042-383-6155
JR武蔵小金井駅南口から徒歩1分

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2008.03.15

粘土のような顔色ですね。

大木裕之さんから電話があった。

3月22日、23日に小金井のアートランドで開催するイベント「たまたま#6」のフライヤーが出来たから渡したいとのこと。

上野の森美術館「VOCA」展のオープニングに行くからそこで落ち合うことに。こっちは徹夜明けで超ボロボロだったんで、パーティには出ずにすぐ帰るつもりが、大木さんとなんとなくブラブラ歩いているうちに美術館の前で、アラタニウラノの浦野さんに会ってしまい、浦野さんから「加藤泉さんの作品だけでも見ていって」と言われたので、結局ゾンビのような顔色で、加藤泉さんのコーナーだけ拝見いたしました。加藤泉さんに「粘土のような顔色ですね」と言われましたヨ。とほほ。

荒谷さんも浦野さんも、まさに“旬の人”というかんじでキラキラしていらっしゃいますー。

荒谷さんに伺ったところ、アラタニウラノには、アーティストがかなりの数アプローチしてきているそうで、「いい加減な態度でアーティストに会うことはできない」とおっしゃる、真摯なスタンスのお二人としては、Image001 大変そうでした。

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高齢者問題@ネット。

SNSにしろ、ブログにしろ、そのコメント、それからML。

冗長で長くて、しかもユーモアもない文章に出会うと、書いた人の年齢を確かめてしまいます。

大体が、中高年。

もっとも10代20代は、携帯メール感覚の文章をアップするんで、これはこれで読みづらい。

ネット上に文章を発表するということは個人の日記を除けば、人前でスピーチをすることみたいなものなんで、「わかりやすさ」や「ユーモア」を常に考えて欲しいものですー。

もっとも、本人だけそのつもりのつまんない「ゆうもあ」もそれはそれで迷惑なんだよねー。

ネットは人間性が貧困とか関係性が薄いとかほざく馬鹿もいまだに多いですが、純粋に文章だけ見ると、その人の人間性がとてもよくわかるということもあるのです。

最近、たまたまマジメなエントリーが続きましたが、こういう駄文を書き連ねることがいちばん面白いんですよね。実は。

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「蝶たちの踊るところ」。

Package

「蝶たちの踊るところ」 監督:野中剛

スリランカでは、タミルタイガーと名乗るタミル族の武力勢力と、シンハラ族のスリランカ政府が民族紛争を繰り返しています。そんな中、“バタフライ シアターカンパニー”というダンス シアター カンパニーが結成されました。メンバーは、タミルタイガーと戦っていた元スリランカ兵、兄弟や子供を戦争で失ったタミルの女性たち、戦争で障害者となった人たち、生まれつき障害をもった人たちで構成されています。しかも、みなそれぞれ宗教が違います。仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教。様々な違いで構成されたこのカンパニーは、違いによって対立するのではなく、共に芸術を創造しようとしています。2001年12月、彼らは海外から演出家ヴォルフガング・シュタンゲ、ジュリアン・クロウチを招き新作の制作を開始しました。ビデオ「蝶たちの踊るところ」は、彼らの稽古のための共同生活、リハーサル、新作舞台、を追ったドキュメンタリーです。<サイトより引用>

もっとも心を打たれたのは、息子を炸裂弾で殺されたと語るタミル人女性の唄のシーンでした。
パーティで皆が歌い踊るなかで、タミルの唄を歌いながら感極まって泣いてしまう。いわゆる美のコードは何も持たない彼女の唄と冴えない表情そして涙は、決して流通することがない心の現れでした。

野中監督は、冒頭のモノローグで、「戦争の悲惨さではなく、最高に美しいものをスリランカで撮りたい」とこの作品のスタンスを語っていました。

現地の歌謡曲や仮面を使ったステージの神秘的な美しさもさることながら、この作品を通して目を引くのは、民族間紛争・暴力・障害に直面しながら生きるメンバーの身体の柔らかさ。
共同生活の何気ない生活シーンも多いのですが、マチズモな印象を受けないこともすばらしいと思います。

野外劇場で行われるダンスワークショップは、目にも涼やかで楽しく、アートの持つパワーを鮮やかに示す優れた映像作品です。

DVDは、サイトで購入できますので、ぜひ。
ランドスケープ
http://www.landscapefilm.jp/

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2008.03.14

ただいま話題の「道路ミュージカル」。

道路ミュージカル 支出元は維持費や修繕費、調査費…
http://www.asahi.com/politics/update/0314/TKY200803140198.html

国土交通省が道路整備の啓発ミュージカルの費用を道路特定財源から支出していた問題で、費用が道路の調査費や改修費、工事雑費などから工面されていたことがわかった。道路ミュージカルの費用を生み出した具体的な予算項目が明らかになったのは初めてで、特定財源の本来の目的からかけ離れた使途拡大ぶりが改めて浮き彫りとなった。<朝日新聞より引用>

で、そのミュージカル劇団ふるさときゃらばんの作品「道普請」(みちぶしん)がこれ。

Michi01

Michi02

どんな金満で腹黒い代物なんじゃと思って、調べてみたら、なかなか良心的でためになりそうな内容・・・。

アーティストは、あくまでも作品を誠実に創ったんだな、ということが伝わってきます。積極的に見たいとは思わないけど。http://www.furucara.com/m_info/michi/michibushin_top.html

国民の税金を乱脈な使い方をして創られたアート、みなさんどう思われますか?

「協働」とか「安定した財源を確保」とかしたい、お金が欲しい貧乏なアートNPOの、理想型がこれなんでしょうか?

アートが国家にすり寄った究極の姿は、アーティストによる戦争協力?

こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」は、林芙美子が戦争協力に絡め取られていく様子が描かれました。我々も気がついたら「国威発揚アートプロジェクト」とかやってたりして。

アートNPOとしては、社会にインパクトを与える取り組みをしつつ、先人の失敗に学んで、シタタカにやっていきたいですね。

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2008.03.13

業務連絡:携帯紛失中。

携帯紛失してしまいました。
皆さま、大変ご迷惑をおかけしてすみません。

シモヤマへのご連絡は、メールにてお願いいたします。

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2008.03.11

BLというドールハウス。

BLモノと言われるマンガなどを定点観測のつもりでたまに読んでます。

ただ、どれも男性の目から見ると、非常に不快です。

ショタ系はブキミだし、男子校ものは現実の高校生男子の観察が足りない。
部長と部下とかに至っては、あんな睫毛ばっさばさの30男がいるか!加齢は顔の作りなんかとは関係なく肌に出るんだ肌に!
です。

セックス描写も好き嫌い以前にオカシイ!
浣腸しないでアナルセックスはしないだろ。
ローション使わずにチンコ挿入できないだろ。
「痛ってー!」とかどころではないだろ、肛門が裂けたら。

描いている女性作家も、チンコは無くてもケツの穴はあるんだから、まず自分で実験してから描け(←理系の発想)。
こんなものを女性が読んで楽しんでるなんて、キモいし不愉快です。

しかし、これって男性向けポルノや風俗産業とおんなじ構造ですよね。
日活ロマンポルノの“百合族”なんかも、実際のレズビアンなんかとはまったく関係なく「男が女を使って男にセクシャルサービスを売りさばく」という構造。

職場にヌードカレンダー貼られる不快さとか、僕がBL読んで腹が立つのと基本的には似たものなんでしょうか。
ならばもう少しガマンするしかないっす。

ホモソーシャルな傾向が強い日本の男社会が大嫌いな僕としては、脳天気に「純愛」とかしてるBLワールドか無性に腹立たしいのよ(笑)

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アートNPOはどこまで権力側に近づくべきか?

千葉県では、NPO振興にものすごく力を入れています。
実際に魅力的な施策が次々に行われていますし、県のNPO活動推進課の皆さんもとても勉強家ですし、何よりも現場によく出ていることがすばらしいと思います。

「こんなに休日をつぶしてNPOイベントに出てて、家庭は大丈夫なんだろうか」と心配になるほどです。

行政とNPOは直接ガンガン意見交換していますし、勉強会などもやってます。お互いのフィールドについて勉強しています。

行政の皆さまとは、適度な距離を置きつつも、良好な関係になっているわけですが、そうするとだんだんと疑問が大きくなってきました。

「日本って、間接民主制なわけだから、僕らを代表して公共サービスに関与していくのは、議員のはずでは?」

↑なわけです。

しかし、議員のセンセイ方は、票にならんようなトピックには興味がなさげだし、セージケンキンとかするほどのお金を持ってるわけでもないNPOとしては、まだまだ議員には関われないなー、となんとなく思っておりました。

しかし、アートNPOリンクとその周辺の専門家を中心に最近少しずつ国政レベルで、政党への働きかけを模索するようになってきました。

企業メセナ協議会のスタッフブログでは、自民党文化伝統調査会で、与党議員の皆さまに日本のアートNPOの現状をお話してきてくださったという報告がアップされています。
びわ湖ホール問題でも、自治体の文化施策レベルまで関わるならば、首長や政党、行政職員とのコミュニケーションが不可欠であるということがよく分かります。
こういったロビー活動は、今後NPOが力を入れなければならないジャンルの取り組みだと思います。

メセ協スタッフのブログ
http://mecenat.jugem.jp/?eid=104#sequel

「力なき者が正義を語るなかれ」は真理だと思いますが、かといってNPOが権力にすり寄ってしまうのでは、市民セクターとしての存在の根幹が揺るがされる事態になってしまいます。
悩ましいところです。

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おかめ寿司。

Image999_2

ミーティングの後、蔵本さんとおかめ寿司に行く。
とてもハイレベルな江戸前の銘店です。

アオヤギ、スミイカ、ホウボウ、ハタの昆布〆…おいしかった。

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2008.03.09

「コミュニケーション能力」の次に終わるもの。

「コミュニケーション能力の終焉」というエントリー、けっこう気に入ってます。

山浦くんとこのことについて話していて、次に終わるものを考えてみました。
それは、「名前」ではないでしょうか?「名前の終焉」です。

取り替え可能な労働者。
主張をしない低所得者。

名前で呼ばれなくなるのでしょうか。
登録番号で呼ばれてみたり、ただの「男」「女」などと呼ばれるようになるのではないでしょうか。

社会の構成メンバーとして、自らの存在を、コミュニティ・異なる階層・行政・他の国に継続的かつ主体的にアピールしない人は、「名前」を失っていくのではないでしょうか。

「名前」とは、かけがえのない存在として他の人と区別されることによって存在しうるものだからです。

芥川龍之介の「羅生門」の世界では、登場人物に名前がありません。必要がないからです。

あなたがこれから、「羅生門」のような世界の住人になるならば、名前は必要でなくなります。

チャラい意味ではなく、自分自身をどのような存在に育て上げていくか+維持していくかを、個々人が考える=プロデュースしていく時代というのは、「これからは自己プロデュースが大事!」みたいなゴミ自己啓発本とはまったく違うレベルの切実な問題として私たちに迫ってるような予感です。

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2008.03.08

TERAKOYA KAWAGUCHI。

Image355

TERAKOYA KAWAGUCHI

屋台式アートマネジメント講座の2回目は、参加者17名。
masuii R.D.Rの2階は人でギッシリで、レジスタンスの集会場(?)のようでした。

木下朝美さんによる、相模原アートシーンの紹介は、皆さまの関心をかなり引いたようでした。

「エリア内のギャラリーやアトリエといった資源を連携させていく」、という役割は今後各地のオリジネーターたちに要求される仕事になりそうです。

アートプラットフォームカワグチの木村さんといろいろお話できて、よかったです。

増井さん、ツアコンから司会まで、お疲れ様でした!

<追記>
「アートプラットフォームカワグチ」「ECO EGO」など、ユニークなネットワークが育っているというのが、僕の川口観でしたが、これらはアーティスト・イニシアティブの活動であって、今回のTERAKOYAのように、マネージメント側・プロデューサーが集まるというフォーラムはあまりなかったとのことで、開催した意義があったようです。

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川口39アートツアー 川口市立アートギャラリー・アトリア。

川口39アートツアー 川口市立アートギャラリー・アトリア。
川口市立アートギャラリー・アトリア。
「川口の新人たち」展。

アトリアのカフェはケーキが異様に美味しい。
アトリアに着いて「さぁケーキ!」と言ったら、増井さんに「展示も観てください!」と注意されました(恥)。

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川口39アートツアー masuii R.D.R。

川口39アートツアー masuii R.D.R。
「よしばはなえ」展。

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川口39アートツアー さんgallery。

川口39アートツアー  さんgallery。
商店街が運営するギャラリーです。

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川口39アートツアー KAWAGUCHI ART FACTORY。

川口39アートツアー KAWAGUCHI ART FACTORY。
下谷堂展。

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川口39アートツアー。

川口39アートツアー。
コンダクターは増井真理子さん。
参加者は12名。

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「コミュニケーション能力」の終焉。

「受験戦争」は、入った学校によって将来の収入が決定する=受験で頑張れば誰でも上位の階層に移ることができる、という階層流動性のもとに発生した社会現象です。
階層の固定化とともに終わりました。

「登校拒否」は、学校に行かないとデメリットになる、周囲の親族や近所の人に非難されるという親にとっての「問題」でした。
現在も学校に行かず、教育を受けることができない子どもの数は増え続けていますが、その子たちの親自身も学校からドロップアウトした経験があったりするし、「子育てに関して責任を負うべき」というプレッシャーをかけてくるような人間が周囲に存在しないので、誰も困りません。「登校拒否」問題は終わりました。

そろそろ終わりそうなのが、「コミュニケーション能力」ではないかと思います。
ファストフード店を始めとする定型的なサービス業では、しっかりしたマニュアルがあります。
低所得層の人は、自分の居住エリア(小中学校の学区とほぼ重なる)からあまり移動しないので、意識的に「コミュニケーション」する必要を感じません。
ホームレスにコミュニケーション能力を期待する人はいません。

「コミュニケーション能力をつけなきゃ!」と考える人は減少しつつあります。
「コミュニケーション能力」を要求されるのは、高度な判断、リーダーシップを要求される職業の人のみです。
よって、「コミュニケーション能力」が社会全体の課題として共有される状況は、近々終焉を迎えるのではないかと思います。

「あなたにコミュニケーション能力なんて期待していない」と言われたら、かなりショックですが。

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びわ湖ホール問題~length of arms。

びわ湖ホール問題について、敬愛している、横浜のART LAB OVA蔭山ヅルさんが、日記で「length of arms」のお話をされていて、とても納得いたしました。

英国のアーツカウンシルを視察されたときに、現地のスタッフが、行政との距離に関して、「length of arms」ということを何回も話していたそうです。

length of armsとは、

公正に,距離を置いて
*「腕の長さ程度は離れている」というのは「親密になりすぎない」こと.

びわ湖ホールの件は、かなりとんでもないとは思いつつ、個人的にひっかかるのは、まさに、「length of arms」なんですよね。
行政に依存しきってしまえば、たとえば知事が代わって、政策ががらっと変わってしまうことだって想定できるわけです。

助成金に100%依存しない、というのは、NPOにとっては常識ですし、びわ湖ホールでも努力はしていたはずですが。

財源だけではありません。「びわ湖ホール支える会」を結成した、というニュースもありましたが、10年も活動していて、地域との連携はどうだったのか、とか気になります。

有名アーティストは、予算が潤沢なホールが潰れたら別のホールに移ればいいけど、残された住民はどうなってしまうのか。

この件、まだまだわからないことだらけですー。

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2008.03.07

たまたま。

長文のエントリーが続いてしまいました。
偶然なんですが。

うざいと思った方、すみません。

明日はまたエロねたとかにしますんで。

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びわ湖ホール問題。

滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール が危機に立たされています。
http://biwako.e-message.jp/

↑というメールがいろいろな方から寄せられているので、調べてみました。

日本の舞台関係者ならば知るぬ人はいない、元気なホールという印象だったのですが、どんなことが起きているのでしょう。

・32年ぶり、滋賀県予算に修正案「福祉が不十分」自民会派提出へ

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008030100040&genre=A2&area=S00

この記事のなかで、

滋賀県議会の最大会派「自民党・湖翔クラブ」は29日までに、開会中の2月定例会に提出された新年度一般会計予算案を「福祉が不十分で承認できない」として、一部修正する案を3月下旬の予算特別委員会に提出する方針を固めた。滋賀県議会で予算修正案が提出されるのは32年ぶり。委員会で可決されれば、同24日の最終本会議に提出される。

 関係者によると、修正案は、県が財政構造改革プログラムで削減した乳幼児などの福祉医療費約4億円を増額し、前年度と同水準に引き上げる。その財源として、びわ湖ホール(大津市)を約半年間休館し、その間に民間会社も含めた管理者を公募して自主運営費を削減することなどを検討している、という。 <京都新聞2008年3月1日(土)より引用>

とあります。
ひぇっ!びわ湖ホールを半年間クローズするんか?平成20年度事業も決まっているはずだし、キャンセルの嵐ですよね。

びわ湖ホールに関しては、昨年12月の滋賀県議会でも触れられていました。
http://www.jcp-shigakengidan.gr.jp/houkoku/q_mori0712_1.html

医療・福祉、森林保全等に関する予算も削減するなか、年間11億円の税金を投入してびわ湖ホールを運営する意義はあるのでしょうか。
http://blog.goo.ne.jp/iniciative/e/5d989fe978dc007c2d77e463b22297f4
http://blog.goo.ne.jp/iniciative/e/8baffb7102bc3e5591845c6261193ca5

滋賀県では、すでに平成20年度より、琵琶湖文化館の閉鎖を決定したとのことです。
http://blogs.yahoo.co.jp/historian126/51419408.html


「人気がある嘉田由紀子知事に対する、自民党の嫌がらせだろ」
と最初は思っていたのですが、そう簡単な問題でもないようです。
アートを担うアートNPOとしては、文化芸術に関する予算を増やしたいのはやまやまですが、どこの自治体も財政が逼迫している現状で、どこかを増やすにはどこかを削ることもあり得るわけです。

びわ湖ホール問題については、ネットでざっと調べただけでは分からないことも多いのです。

・議会のこれまでの状況。
・びわ湖ホールがこれまで県民に対してどのように説明責任をとってきたか。
・同、これまでどのようなビジョンをもって県民に貢献してきたのか。
・県民に親しまれるホールづくりにどのように真摯にに取り組んできたのか。

↑などなど。
びわ湖ホールというと、すっごい設備に潤沢な予算でイケイケドンドンな公共ホールというイメージを個人的には持っていました。
運営されている方々の血のにじむような努力に敬意は捧げますが、行政の予算は水物というのは、行政のお金で事業を行う人間ならば痛感することです。
びわ湖ホールの関係者・ホールを愛する方々は、予算があり、事業が比較的順調に進められている時に、やがて行政からの支援が少なくなることを見越して、サポートする仕組み作りにどれくらい力を注いだのでしょう。
びわ湖ホールがこれから何十年も琵琶湖から文化を発信することができるような仕組みづくりを考えてきたのか、知りたいです。

関西エリアにおけるホール事情に関しては、以下のページがとてもわかりやすいです。
http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/staff/fujino/WWW/news/11032005.htm
http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/staff/fujino/WWW/news/10272005.htm
http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/staff/fujino/WWW/news/10202005.htm
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/200510stage/03.html


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(仮称)清川記念館の基本設計案についてのパブリックコメント。

船橋市では、平成22年度に「(仮称)清川記念館」という美術館を開館する予定です。
仮称)清川記念館の基本設計案について、パブリックコメントの募集がありました。
http://www.city.funabashi.chiba.jp/bunka/kiyo.htm
コミュニティアート・ふなばしとしては、船橋市で地域活動を行ってきたアートNPOとして、パブリックコメントの提出をいたしましたところ、HPに市からの報告が出ていました。

http://www.city.funabashi.chiba.jp/bunka/pubcomheader.htm
7~10がコミュニティアート・ふなばしによるものです。
市からのコメントはというと、、、ご覧の通りです。
「市民の声を聴きましたというアリバイ作り」として、パブリックコメントを一応募集してみたという例も自治体のなかにはあるそうです。船橋市がそうでないといいのですが・・・。

行政サービスは、市民の血税から支出され、受益者は市民です。
市民にとって最良の美術館ができることに向けて、コミュニティアート・ふなばしとしては、協力を惜しみません。

↓以下が、市に提出したパブリックコメントの全文です。

(仮称)清川記念館の開設、船橋市で活動するアートNPOとして、心より歓迎しております。

アート施設は、一昔前の一部の好事家の趣味的な存在ではなく、現代では地方自治体の「顔」であり、地域における創造活動の「頭脳」であり、コミュニティの創造・発信活動の「体」となる重要な存在です。

すでに、横浜市、川崎市、川口市では小規模の公立アート施設が大きな成果をあげる先例がある現在、(仮称)清川記念館に期待される役割は非常に大きいと言えます。

私たちは、1997年から船橋市本町を拠点として活動を続けているアートNPOとして、以下の4点提案をいたします。

【1】事前調査活動について
国内外のアート施設の取り組みについて、充分な調査を行う。その成果は市民に広く公表すること。
これらの活動は、行政・市民・NPO・研究者からなるチームで行うことが、ふさわしいと考えます。

【2】開設前より、「(仮称)清川記念館サポーターサークル」をつくり市民の手による文化施設運営の母体を育成する
単なる「箱モノ」文化施設を作ることは、わが国においてももはや主流ではありません。
市民が集まり、創造活動を行うことができる文化施設として、「(仮称)清川記念館サポーターサークル」を開設前より組織し、活動を行うことが重要です。
市民向けの講座、ワークショップを継続的に行い、サポーターコミュニティを育成することを提案いたします。

例)小美玉市四季文化館「みのーれ」
http://minole.city.omitama.lg.jp/

【3】学校・商店街との連携をはかる
本町エリアは、地元商店街がイニシアティブをとってまちづくり活動が活発に進められています。
これらの活動は、単なる商業振興にとどまらず、学校や幼稚園とも連携し市民参加型のアートプロジェクトと連携して、新しい形の地域コミュニティづくりへと展開しています。
「(仮称)清川記念館」は、こうした地域のアートプロジェクトと連携して、市民の手による文化活動を深化させることを提案いたします。

例)船橋市本町通り商店街「きらきら夢ひろば」
http://kirayume.seesaa.net/

【4】アートNPOとの連携
船橋市には、地域での文化活動に取り組むアートNPOが多く存在します。
これらの団体は、地域での取り組みに加え、県内、全国のアートシーンと連携して、質の高いアートを提供する「アートのつなぎ手」です。
数年で配置換えとなってしまう行政側担当者、指定管理業者と比較し、地域で息の長い活動を続けているアートNPOは、地域のこまやかなニーズに対応して、継続的なプログラムを提供することができます。
「(仮称)清川記念館」はアートNPOと連携して、高品質のプログラムを提供することを提案いたします。

特定非営利活動法人コミュニティアート・ふなばし
理事長 下山浩一
www.communityart.net/

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認めることはつらいけれど…。

「先進国のなかで日本だけがHIV感染者が増加している」というような書き方がされています。

しかし、知識の病とも言える感染症が増えているような国は「先進国」とは呼べません。

日本は先進国ではないのです。
過去、先進国だった国。

この事実を受け入れることは、とても辛いので、あと10年くらいは「本当は先進国じゃないけれど先進国のつもり」という歪みが日本社会のあちこちに出ます。

その後の日本が、「いい感じに枯れた国」になるか、「ヘイトクライム王国」みたいになるのか。
予断を許しません。

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2008.03.06

『光の庭の子どもたち』アーカイブス。

『光の庭の子どもたち』を再動させるにあたり、これまでの資料を見直す。

『光の庭の子どもたち』<上映記録>
1999/02/28『光の庭の子どもたち』#01-訓練-at.世田谷美術館
1999/08/01『光の庭の子どもたち』#02 -Cafe- at.渋谷Xp
1999/08/22『光の庭の子どもたち』#03-孤島-at.佐渡島・離島センターホール.
2002/08/ 『光の庭の子どもたち』at.船橋市民文化ホール

2002年にお亡くなりになった石原郁子さんからいただいたテキストは宝物です。

大木裕之と『光の庭の子どもたち』石原郁子(映画評論家)
           
(1)  
今年の2月28日、世田谷美術館で『光の庭の子どもたち』#01を観たときの、魂の底から震撼させられるような思いは、忘れることができない。それは、最高級の映画でありながら通常の映画という概念をはるかに超えたもの、ダンス・ワークショップの記録であってしかもそこから限りなく自由に飛翔するもの、音楽ライヴでありパフォーマンスであり実験であり遊びであってかつそのどれからも朗らかに逸脱したもの、つまり、何か一つのジャンルでたやすくくくることのできない、特別な、豊饒な、幸福のひとときだった。 
映画作家としての大木裕之は、もともと常識の枠にはまらない創り手ではあった。彼は当初、自ら16ミリのカメラを担いで旅をしながら、そこで自分の心に適った風景や人々の顔、また、自慰する自らの姿や性器などを撮影し、日本でよりも先に海外の映画祭で高く評価された、まったく独自の幾本もの作品を世に送り出した。それらの作品において彼は、<撮影者>として、もっともふさわしい被写体をもっともふさわしいかたちでフィルムに定着する。また、当時の作品はいわゆる「編集」をほどこさずただ撮影順にフィルムを繋いだものだったが、じつは彼は<編集者>として、何をどういう順序でどのくらいの長さでフィルムに収めるか、いわば映画の律動を、予め決定している。さらに、前述のように彼は自作の<出演者>でもあり、あるときには民衆の祭りを先導する<パフォーマー><芸能者>の役割を果たしつつ、またあるときには、自らを模索する<素朴な素人>としての生々しい存在を鮮烈につきつけてくる。つまり、通常の映画は、撮影・編集などそれぞれ専門のスタッフが監督を支える分業体制で創られるが、大木作品はすみずみまで完全に大木という個性で満たされていた。そのことは、彼が出資者を得て劇映画を創るようになった現在でも、基本的にほとんど変わらない。
そして、その作品は、本能、直感、身体感覚、動物的カンや欲望、突然の閃き、天啓、等によって創り出される。東大工学部建築学科卒という経歴からは、知的な理論家を想像されるかもしれないが、彼の作品の被写体も構図も映画を前進させる(あるいはたゆたわせる)リズムも、頭脳で計算されたものではなく、彼の肉体そのものによって一瞬に掴み取られるのだ。彼は、自らのからだを、そのあらゆる感覚を、精神を、外界に向かって完全に無防備に、無垢の素直さで、開く。風や光や彼の愛する美しい少年たちの肉体などに、その開かれた感覚で直接触れ、即座に反応する。彼を稀有の映画作家としている、そのカンの鋭敏さ、反応の素速さは、ただ、赤ん坊のように無邪気な自然さで生きる彼を、天が愛して授けた、幸福な才能と言うしかない。だから、彼がすぐれた<撮影者>であるというのは、画面の”見た目がよくできている”という意味ではない。むしろ、光量不足やブレなどで対象がはっきり映っていないことが多いのに、そこに満ちる<気配>の奥行きが、私たちを捉えるのだ。 
常に外界の生きた<現在>に向けて自らを開いている彼にとって、その映画は”完成”というかたちで終わることはない。映画は彼自身であり、それゆえ彼と共に常に<現在>を生きつづけ、状況にぶつかって反応し、変化する。彼の作品にさまざまなヴァージョンが存在するのも、彼が、上映会場で即興のピアノ演奏やダンス・パフォーマンスを行なうのも、そのためだ。いや、今では彼はたんに<映画作家>というより、あらゆる意味においての<生きる人><存在者>であり、<感じ、欲望し、行為し、愛する人>であり、映画・音楽・ダンス・絵画などを縦横に駆使しての、<進行する現在>の全的な<表現者>であるというほうが、ふさわしいかもしれない。

(2)
『光の庭の子どもたち』#01は、そうした方向にある彼の作品の中で、もっとも幸福な一作といえる。大木は、長期間に渡って船橋ダンスワークの会の記録映像を撮り溜め、それを編集して一本の映画にするはずだったが、世田谷美術館で決定した上映日の直前になって、それらのフィルムを放棄し、一日で、一気に、いわゆる「編集」をせず、ただありのまま目の前に繰り広げられるワークショップの光景を、与えられた上映時間の長さだけカメラにおさめるというやり方で、この作品を撮り上げた。そのことは、素材の<現在>ともっとも熱く生々しいかたちでぶつかりあうという、大木ならではの姿勢の顕われに他ならない。だが、いくらそうしたやり方で映画を創りたくても、通常なら不可能だ。ドキュメンタリー作品でもふつうは「演出」がほどこされ、「よい映像」だけが選ばれて「編集」される。というより、実際問題として通常、そうしなければ観るに耐える力を持った作品はできない。どんなに良い素材でもそのまま撮っただけでは素人のホームムービーと同じで、人の心を動かすには、プロの目による厳しい映像の取捨選択が必要なのだ。  それなのに、この画面から溢れ出してくる、息もつかせずに私たちを虜にする豊かな力はいったい何なのだろう。次々に繰り広げられる場面のひとつひとつ、会員の動作のひとつひとつ、表情のひとつひとつが、新鮮な感動と驚きとで、私たちの心を震わせる。音声もない見るからに地味な低予算のドキュメンタリー・フィルムなのに、たまらなく面白く、観飽きない。限りなく無邪気に、何の計算も無くひたすら対象を愛して喜び戯れているだけでありながら(いや、それだからこそ)、天才・大木は直感的に、対象のその瞬間に於ける最高の魅力を掴み、抱きしめ、大好きなおもちゃを見つけた子供のように、嬉しそうに私たちに掲げて見せるのだ。一般の現代人はとうてい大木のように、赤ん坊にも似た澄明さで外界へ自分を開くことはできないので、彼の作品は、天上的な楽天性を帯びているにもかかわらず、どこか不穏な異形のものとして拒否されることもあるのだが、『光の庭の子どもたち』を拒否することは誰にもできないだろう。いや、実はこの作品にも、不穏さ・危険さは充分潜むのだが、それは、<陰>ではなく、祝祭の持つあのいかがわしくも楽しく自由自在な<陽>のエネルギーとなって、私たちを陶酔させる。だが、この上映を魅力的なものにしたのは、大木の力だけではない。「最高級の映画でありながら通常の映画という概念をはるかに超えたもの、ダンス・ワークショップの記録であってしかもそこから限りなく自由に飛翔するもの、音楽ライヴでありパフォーマンスであり実験であり遊びであってかつそのどれからも朗らかに逸脱したもの」と、私は最初に書いた。映画を観にきたつもりの大木ファンも、ワークショップの実践記録を観にきたつもりのダンス関係者も、音楽担当の美少年・川野直輝くん目当ての女の子たちも、誰もが予想とはまったく違ったもの(映画と他のものとの境界が溶け、ダンスと他のものとの境界が溶け、音楽と他のものとの境界が溶けた、あるいはそのすべてがあたたかく溶け合いつつそれらを超えて行った、何か)を目にし、耳にし、それゆえに魅了されたのだ。 
そこに溶け合ったそれぞれの要素の質の高さも、特記しておかなくてはならない。私はダンスについてはまったく素人だが、船橋ダンスワークの会によるワークショップには、画面を観ているだけでも、こちらのからだもしなやかにほどけて、なにかまったく新しい世界と身体とが出会う可能性の領域へといざなわれる感覚を覚えた。前半の屋内の場面では、画面に音楽がついていないにもかかわらず、会員たちの動きそのものが豊かな音楽を感じさせて美しい。そして、後半の屋外の場面では、紙のお面をかぶることによって、誰が指導者で誰が被・指導者なのか区別がつかないようになった踊り手たちの、いわば一般常識や秩序と言ったものを撹乱し問い返す<異形>が、私たちを戦かせつつ、生命の根源に出会ったような不思議な懐かしさで魅了する。大木自身とパフォーマーによるダンス・ライヴが画面の前で行なわれたが、会場の観客たちの中にも、一緒に踊りたい気分になった人は多かったのではないか。 
そして川野直輝による音楽。さまざまの楽器を一人で使いこなしながら、私たちがその瞬間聴きたいと願うまさにその音をみごとに奏でてゆく。上映の前日にこのフィルムを一回観ただけだそうだが、その呼吸のぴったり合っているさまは、あたかも寄り添ってともに踊る恋人どうしのようだ。このワークショップを理解し愛し、大木の映画を理解し愛して、その微細な表現までをすくい上げてともに表現する、こまやかな感受性。しかも、決して画面を侵略することなくしなやかにそこに溶け合いながら、<自分でなければできない表現>をきちんと貫いている、凛と一本通った勁さ。空間にのびやかな筆遣いで絵を描くような、みずみずしく、若々しい響き。この1+1+1が、3に留まらず、4にも5にも豊かにふくらんでいったのは、彼の力が大きいだろう。
 
満員の観客の喝采を浴びた#01から#02へ。創造者たちの新たな協力・融合が、さらなる至福の瞬間を現出することを期待せずにはいられない。

大木さん主催のイベントで『光の庭の子どもたち』が上映されます。

http://blogs.yahoo.co.jp/tamatama_ooki

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2008.03.05

変な譜割の歌が好き。

Double

・DOUBLE
・籾山タカヒロ
・田中ロウマ

自分の好きな日本人アーティストの共通点を考えてみると、HipHop・R&Bというクラブ系という以外に「変な譜割」の歌が好きというのがあると思います。
コブシもスキ。

DOUBLEの曲では、Handle(ORIENTA-RHYTHM“urbanite”MIX)がベスト。
日本語を乗せるには、無理がある曲を強引に歌っていくTAKAKOさんが大好きです(笑

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「向島アートまち大学 シンポジウム」

「TERAKOYA KAWAGUCHI」の翌週、向島で、現代美術製作所曽我さんが企画される以下のようなシンポジウムがあります。

まったく偶然なんですが、あまりのシンクロっぷりにびっくりです。
こちらも併せて参加すると、向島・川口がより深く楽しめることウケアイです!

続きを読む "「向島アートまち大学 シンポジウム」"

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「年長者を敬いましょう」と言う奴に要注意。

「年長者を敬いましょう」と言う奴に要注意。
往々にして、自分より年下の人に横暴な言動を取る者が多いのです。

時々刻々と、アートは変わる。モラルも変わる。

このような変化に対応できない人は「タコツボ」に引きこもるしかないわけです。
その「タコツボ」とは、一体どのようなものなのでしょうか?

これから明らかにしていきたいと思います。

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2008.03.04

TEREKOYA-KAWAGUCHI

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新プロジェクトのご案内ですー。
東京近隣の地域のプロデューサーが集まって、こんなことやります。
川口バージョンはツアーもあり、かなり面白いと思います。



「TERAKOYA」
は、相模原・川口・船橋の3地域で活躍するアートプロデューサーの企画による巡回する"屋台式アートレクチャー"です。
3月は「KAWAGUCHI39@rtの日」参加イベントとして開催いたします。
http://artplatformkawaguchi.web.fc2.com/
地域間を結ぶ継続型アートマネジメント講座という新しい形態のプロジェクトにぜひご参加ください。

アートスペースやギャラリー、公立文化施設が連携しユニークな活動を行っている川口アートシーンに迫るツアーも実施いたします。
こちらも併せてご体験ください!

●TEREKOYA-KAWAGUCHI(39@rt参加企画)

日時:3月8日(土)19:00-20:30
会場:masuii R.D.R ギャラリー+ショップ
埼玉県川口市幸町8-25-109
http://www.masuii.co.jp/rdr-top.html
講師:木下朝美(相模原市民ギャラリー・ART FIELD@相模原)、下山浩一(NPO法人コミュニティアート・ふなばし)、増井真理子(アート記念日実行委員会)
受講費:無料
お問い合わせ:048-252-1735(担当:増井)

*関連イベント「kawaguchi39@rtツアー」
集合:川口駅東口駅前「キュポラ」5階「川口市立中央図書館」入り口
時間:15:00~17:00

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籾山タカヒロさんがMy Spaceに!

気になるミュージシャン・籾山タカヒロさんがMy Spaceで楽曲を公開しているのを発見!

http://www.myspace.com/momispace 

さっそくフレンドリクエストして登録していただきました!

もっとも、ご本人が登録しているのではなく、ブログもスタッフが書いていらっしゃるようですが・・・。

しかし、楽曲が聞けるのは素直にうれしいですー。

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2008.03.03

BVLGARI「IL CAFE」。

BVLGARI「IL CAFE」。
隙を見つけて、表参道のBVLGARIのカフェへ。

七面鳥のサンドイッチとフォンダン・ショコラをオーダーしました。
このフォンダン・ショコラが素晴らしかった。

熱々で、スプーンを入れると中身がトローリ…までは普通なんですが、甘味が押さえてあって、「ちょこれーと」というより、カカオの塊をいただいているようです。
血がキレイになりそうなお味。
添えられたピスタチオのソルベも香り高く、食べるアロマテラピーのようでした。

極上の空間、優れたホスピタリティと、今最高のカフェでしょう。

毎日来たいです。

改めて思いましたが、今の東京は、お金がある人にとっては、世界でも有数の快適な都市ですねー。

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今やっていること。

今やっていること。
コミュニティアートは、数年がかりのプロジェクトがほとんどです。

2009年のプロジェクトに向けて、準備に入りました。

今日は船橋商工会議所でミーティング。
今年から活動エリアが広がりそうです。

商工会議所を出ると、スーパー女子高生プロデューサーことユイナさんから電話。
「イベントの企業協賛をいただくコツを教えて欲しい」そうです…。
17歳、恐るべし。

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2008.03.02

こもれびの咲く夜。

こもれびの咲く夜。
木村崇人さんとAICによるプロジェクト「こもれびの咲く夜」行ってきました。

会場の山下公園はカップルと家族づれで盛況でした。
皆さん人工太陽がつくる“星型のこもれび”に夢中で、ゆったりとした時間が流れていました。

たった2時間しか見られない星降る空間。ロマンティックで贅沢な雰囲気にうっとり。

屋外でのプロジェクトの大変さを知る身としてはご苦労がしのばれます。
スタッフの皆さま、AANの大友さん、嘉藤さん、武藤さん、お疲れ様でした。

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コラム「コミュニティアートの未来」。

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アートマネジメント情報サイト・ネットTAMの名物コーナー「リレーコラム」
上海で活躍されているプロデューサー・鳥本健太さんに続き、僕が「コミュニティアートの未来」というお題で寄稿いたしました。
http://www.nettam.jp/main/00home/column/39/index.html

レズビアンドラマ「Lの世界」に始まり、コミュニティアート・ふなばしが行ってきた暗黒舞踏の中嶋夏さんとのワークショップと映像作家・大木裕之さんとのドキュメンタリープロジェクト、「アサヒ・アート・フェスティバル 2007」で感銘を受けた、沖縄の「スタジオ解放区」と近江八幡の「ひょうたんからKO-MA」のプロジェクトについて触れさせていただきました(スタジオ解放区のブログ、あいかわらず凄いです・・・)。

「おすすめ!」は、元ASIAN DUB FOUNDATIONDeeder Zamanのソロ・アルバム。
これは 英国のインド・パキスタンコミュニティから発信された音楽です。

↑と、21世紀の今の時点におけるコミュニティアートを考える際の「プロローグ」の部分が書けたのではないかと思います。

アートを巡る言説は、時々刻々と変化していってるので、昨日とおんなじことを繰り返して言ってる人々、なんとかしよーよ。というのもあります(そこのあなたですよ!)。ガンガン現場に足を運ばない人はすぐに通用しなくなるのが面白いところ。

ぜひご一読ください。

ところで、鳩の目日記の「検索フレーズ」ランキングを表示するブログパーツをつけてみたんですが(画面左下です)、案の定「エロ」とか「マスターベーション」とかが堂々のランクインしてて、羞恥プレイ状態(笑

あっ!こんなこと書いて新たに「羞恥プレイ」も検索フレーズに入ってしまいましたね。

エロくない人よりもエロい人の方が好きだし、まぁいっか。

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2008.03.01

「光の庭の子どもたち」第2章へ。

「光の庭の子どもたち」第2章。
大木裕之監督と1998年に始めたプロジェクト「光の庭の子どもたち」

2003年、Tsuki no Waをゲストに迎えたライブ上映以来、休眠させていましたが、再動いたします。

舞踊家・中嶋夏さん、岩下徹さんと知的障害児とのダンスワークショップのドキュメンタリーをメインに、劇場解体社・P-ブロッ・Study of Live Works発条ト・川野直輝ら異能のアーティストをゲストに進化してきた作品です。

10年目の今年より、第2章が始まります。

なにげにあまりない大木さんとの2ショット。

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地域活性化プラットフォーム事業・柏。

地域活性化プラットフォーム事業・柏。
地域活性化プラットフォーム事業・柏「アートがつなぐまちづくり」成果報告会。
柏の葉キャンパスのUDCKにて。

「アート」をテーマに、千葉県がNPOとともに、地域活性化プラットフォームをつくる、2年がかりの事業の1年目の報告会におじゃましてきました。
ちなみに、昨年行われたキックオフ・フォーラムで講演させていただきましたし。

報告があった8つのプロジェクトのなかで面白かったもの。

「Lime」という、市民から提供してもらった要らない椅子をライム色にペイントして、街角に置くプロジェクト。

「JOBANアートラインプロジェクト柏」の「30×30」という路上で市民参加で行うライブペインティングも壮観でした。

芸大の学生が主体となっている「URBAN BACK-SIDE LABORATORY」、25歳の演出家・谷賢一さんが主宰する「かしわ市民劇場CoTiK」といった若手が選れた取り組みをしているのは流石です。

「東の池袋」とも呼ばれる大都市・柏ならではの難しさもあるとは思いますが、柏ならではのプロジェクトが育っていくと、素晴らしいと思いました。

1年弱でここまで持ってきた事務局の皆さま、お疲れ様でした。

事務局や実行委員長からの「課題」に、「プラットフォーム参加団体相互のコミュニケーションに時間がかかった」とありました。
このような様々なチームが参加するプラットフォーム型プロジェクトが実力を発揮するには、グループワークを効果的に取り入れた運営がポイントなわけですが、「アサヒ・アート・フェスティバル」同様、柏も例外ではありませんねー。

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