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2006.12.30

アン・ハサウェイ、かわいいーー。

Ann

「プラダを着た悪魔」

メリル・ストリープアン・ハサウェイの演技合戦が楽しい作品です。アン・ハサウェイは、遺伝子操作でもしてるんじゃないかと思うほど人間離れした目の大きさ。フリークなみの美女ですねー。

しっかし、こういういわゆる「鬼コーチ」モノって、女性が主人公じゃないと決まらない。

という時代ですねー。

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2006.12.29

ラスプーチン、おもしろすぎ。

インテリジェンス 武器なき戦争を読んでたら、佐藤優という人にとっても興味が湧いてきました。

そんでもって、「国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて」を読んでいるわけなんですが、この本おもしろすぎ。

まだ読み始めたばかりなので、内容については書けませんが、仕事・教養・お金について深ーく考えさせられます。

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2006.12.28

“社会派”は気をつけないとやばい時代になりつつある。

Img_0356

「ダーウィンの悪夢」で描かれている、タンザニアの凄まじさを見ていて、別のことを考えました。それは、

これからは、社会的な不正義を告発するときには事実をうまくオブラートに包まないと、拒絶されてしまう場面が多くなりそうだな。

というものです。

日本においては、

・富裕層→現状でお金持ちなので、今の状況が変わらない方が有利。
・貧困層→現状が大変。好転する見込みはない。よって、現実に対して働きかける意思が弱い。

・中間層→雇用が流動的になってきたので、先の見通しができない。余計なことをしている余裕なし。

という状態になっているのではないでしょうか?
漠然とした“市民”とかに呼びかけても、この3つのカテゴリーに人たちでは、置かれている状況が違いすぎる。
さらに、それぞれのカテゴリーの人にとって、社会における自己のポジションが見えてしまってたり、あるいは自ら働きかけることの有効性が不明になっている状況で、自分に直接利害が関係ない人の問題に取り組むための動機は、日本社会がかって経験したことがないほど低くなっているのではないでしょうか?

よって、社会的な不正義が広く一般に告発されても、それがとても小さくて限定した内容のものならば、反応はあるでしょうが、体制を批判したものになればなるほど共感が得られにくくなってくるのではないかと思ったのです。

「ダーウィンの悪夢」に描かれた問題でいえば、“ナイルパーチのボイコットをしましょう”くらいまでならば、なんとか食いついてくるけれど(違うもの食べればいいだけだし)、「アフリカに武器を売るのをやめろ」とか「途上国からの搾取をやめよう」とかでは、まったく共感も同意も得られなくなるでしょう。

下手をすると、これからは「ダーウィンの悪夢」のような作品は、社会を告発するどころか江戸そしてそれ以前の時代におけるお寺の“地獄絵図”の使われ方のように、「体制に逆らったりするとこうなるぞ」みたいに、権力側による市民の脅迫材料として作用するようになるのじゃないだろうか?
などと思いました。

「あっち側に行きたくなければ体制に逆らうな」みたいに。

↑と、市民の多くが意識的・無意識的に無力感を覚えるようになると、社会的な告発や取り組みを行う人に対する“抑圧”としての「バッシング」は従来とは違った規模に成長するのではないかという、非常に嫌な予想が立つわけです。

<予想>
社会的な不正義に対して異議を表明したり、アクションを起こす人は、従来よりも強力なバッシングを受けるようになる。

いやになりますね。
という予想を受けて、私たち市民活動を行うオーガニゼイションの活動プランも新しい状況に対応しないと、足をすくわれるハメになりそうなので、要注意ですー。

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2006.12.27

「アジアダンス会議」に参加することになりましたー。

Asia

縁あって、下記のように、「アジアダンス会議」というものに参加することになりましたー。

アートNPOからは僕だけなので、ダンスを多面的な角度から考えるため、お役にたてればと思います。

しかし、これ、森下スタジオに6日間カンヅメなんですよね・・・。

続きを読む "「アジアダンス会議」に参加することになりましたー。"

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2006.12.26

「ダーウィンの悪夢」。

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「ダーウィンの悪夢」

タンザニアのヴィクトリア湖に放流されたナイルパーチという外来魚をめぐる産業を通して描かれる「グローバリゼイションの地獄」。

外来魚の巨大肉食魚ナイルパーチは、ヴィクトリア湖の貴重な在来種の魚を食べて増殖し、湖の周辺にはこのナイルパーチを捕る漁師、加工する工場、ナイルパーチを輸送するための空港、労働者相手の娼婦が集う。
このナイルパーチの街も、貧しいタンザニアの人々を豊かにするほどではないため、いきおい街はスラムとして成長する。

エイズで親を亡くしたストリートチルドレン。貧しい人の口に入るのは腐りかけたナイルパーチのあら。

蛆虫がもつれる泥の中を歩く労働者の姿はショッキングだけど、片足を無くした子どもがこれでもかと映し出されるのは、ドキュメンタリー映像として凡庸なつくりだなぁという感想は否めない。

しかし、夜の闇の中で、「戦争さえあればなぁ」と語る警備員(武器は弓矢!)の不気味さ、ナイルパーチの梱包材のプラスチックを焼いた煙をドラッグとして吸う子ども、エイズを発症してミイラのように痩せた若い女性の姿は、アフリカを完膚なきまでに収奪している先進国の創り出した地獄だ。
地獄は想像上のものですが、これは現実。

この「ダーウィンの悪夢」を観ると、ナイルパーチを食べるのが嫌になりますが、日本が輸入しているエビやバナナ、オレンジもそれぞれ似たような状況で生産されて私たちの口に運ばれているわけです。

「ダーウィンの悪夢」が提示する問題は、そこではありません。
フーベルト・ザウパー監督は、この一方的な収奪を支えているのが、「戦争」だと指摘しています。
アフリカの政情を不安定にして、自立させないように仕組み、混乱に乗じてドロボーを続けている・・・これが先進国のやっていることなわけです。
収奪の鍵となっているツールが武器であり、戦争なのです。

Wiiのリモコンがすっぽ抜けて危険だとか、Winnyが違法だとか言う前に、わが国にも存在している武器を生産し輸出している企業をのさばらせているのはいったい何故なのでしょう?

少年が危険だとか、ニートがダメとかいう以上に、人間を計画的に殺害している企業や政治家が決して批判されないのは何故なのでしょう?

私たちはすでに、映画「マトリックス」の世界のように、夢を見せられて生きている肉の塊となっているのではないのでしょうか。

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2006.12.25

「アルフィー」、知的な毒映画。

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ジュード・ロウって生え際前線の後退ばかりが目について、俳優としては中途半端なポジションでまったく眼中になかったんですが、本作を観て見直しました。

というか、オシャレでチャラい女ったらしの映画だと思って観てる観客は、チャールズ・シャイア監督の仕掛けたヘヴィー級のパンチを受けて立ち直れなくなるんじゃないでしょーか。強烈でした。

前半の軽妙でファッショナブルなノリが一転して、親友に対して犯してしまった罪に気付いたアルフィーの表情は、このような作品で出会うと思っていなかったすごいレベルの演技で鳥肌が立ちました。

スーザン・サランドン演ずるステキ熟女の言葉に傷つく姿も、男性にとってはまさに自我崩壊クラスの悪夢。

考えてみれば、こうした行いって、アルフィーならずも男性が女性に対して行ってきたひどい扱いとしては珍しいものではないわけです。

軽薄なパッケージに包まれた、知的な毒薬。
すばらしい作品です。


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2006.12.24

「ABSINTHE+種子田郷」。

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ZAIMに、種子田郷さんのライブに行きました。

ON-COO Presents ZAIM Monthly Sound Art Festa Vol.4
音包OTOZUTSUMI 5「音の気配と効用・マルチサラウンド」展
「ABSINTHE+種子田郷」

という長いタイトルのライブ。
何に使うのか分からないくらいいろいろなスピーカーが積み上げられた空間で、まずはラップトップで

種子田さんのパフォーマンス。

すごかった・・・。

自分がこれまで聞いてきた“音楽”とは全く別種。次元が違う音空間、というよりサウンドによる巨大

彫刻が眼前に現れた感じです。

夜の九十九里浜(マイナーな例え・・・?)が目前に現れたような中盤に圧倒され、さらに溶岩の原に火山弾が降り注ぐような終盤

のパートは、言語化不能。これに似たものをたとえおとぎばなしや神話でも見たことがありません。

超絶的な創造物。

競演のバンドについては、コメント無し。

続いて素晴らしかったのが、1階で行われた「さとうじゅんこ(project suara)による多重唱再生&生アカペラ歌唱」。

森のように配置されたスピーカーそれぞれから流れる多重唱に、さとうじゅんこさんによる生の歌が重なる・・・。

このサウンドシステムが本当に素晴らしいのですが、それにもまして、さとうさんの歌が艶やかで輝いている。

ビジュアル的に派手なものはいっさいない。歌とサウンドによる宝石箱というより、宝物殿のような空間でしたー。

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2006.12.23

「リトル・ダンサー」・・・ごめんなさい。

Little

とても良かった。
ビリー少年のその後が、アダム・クーパーっての以外は。
アダム・クーパー無駄遣い(笑

ウィルキンソン先生が素晴らしい。
そしてやはり最高なのがビリー役。

バレエに惹かれるけれど、父親や周囲の反対&ひやかしに揺れながらも着々とダンスが上達していく様子は、心洗われます。

それと同時に、ビリーの才能を見抜きレッスンをするウィルキンソン先生、ビリーの熱情にマッチョ&炭坑ストという自身の信条を放棄していくお父さんという大人たちが、悩みつつもビリーのために自分の持てるものを与えていく姿にジーンときます。

同じサッチャー政権下の英国の不景気を背景とした「フル・モンティ」が駄作だったので、観るのを後回しにしたのが悔やまれましたー。

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2006.12.22

「かっこいいブーガルー」!!

Boo_1 えー、今はまっているものと言えば、「かっこいいブーガルー」渚ようこduet with半田健人

ともかく、しびれるほど、いい。
「いい」と大手を振って人様には薦められないC級さが、また痺れる。

渚ようこのおよそJ-POP文脈から外れた歌唱、半田健人の昭和男性アイドルなドンくさいムード。
あああ、親に「飲んじゃいけません」と言われて隠れて飲んだコカコーラの甘さ・・・。たまらん。

かっこいい世界は探せばきっとある~

の部分がさいこうっ。

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2006.12.21

SePT独舞 vol.16 矢内原美邦「さよなら」。

Nib ニブロールってつまんない。
というのが、僕の評価でした。なんか毒にも薬にもならんかんじ。
それが昨年のBankART1929でのOff Nibrollがとても良かったので、考えを改めて再挑戦。
フライヤーもめっちゃかわいいし。

冒頭のシーンは、矢内原美邦ともう一人の男性ダンサーで進んでいく。
まず、音響がすごくいい。
スピーカーの位置、音の質感、どれもよく考えられています。

この男性ダンサーは、およそ身体能力が高そうには見えない。ひょろひょろっとしたいまどきの男子で、シルエットがきれい。
この二人のシーンは、男性ダンサーの魅力がよく引き出されていて、演出の力量を伺わせるものでした。

しかし、中盤以降の台詞が多いシーンは、「アングラ演劇を知らない人がお芝居つくったらたまたまアングラみたいになっちゃったんだけど、当の本人はそのことに気付いていなくて、“俺らのスタイル”とか言ってそうなかんじ」。
こんなもの舞台に乗せないで欲しい。

ふたたび、矢内原美邦のソロパートは、映像と不可分なレベルのマジカルなショウとなっていて素晴らしいだけに、もったいない。

ニブロールって、矢内原さんがダンサーを食べさせてやるためにやってるカンパニーなんだろーか?

などと思ってしまいました。余計なお世話だろーけど。

*

会場で売っていたOff Nibrollの「public=un+public」のDVDを観たら、やっぱり、映像だけで観ても視覚効果・音響・グルーヴ感、いずれをとってもパーフェクト。すばらしいですー。

矢内原美邦=最高。ニブロール=ダメ。
という自分内評価は変わらず。

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2006.12.20

大木裕之さんとNEO。

大木裕之さんとNEO。

大木裕之さんと電話であれこれ話してたら、今から会おうということになり小川町へ。

カラテセントラルの西村さんも来て、NEOというスペースに連れていかれた。

なぜかNEOの佐々木さんにご飯を出していただいた。

例によって大木さんがカメラを出して撮りはじめたので、西村さんに「いっつも撮られて嫌じゃないですか?」と聞いたら、大木さんが「そんなのあなたに関係ないじゃない!僕だっていろいろ気を使ってるのよ!」とかいつになく慌てふためいてたんで爆笑。

すごい可愛かった。

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2006.12.17

アゲてけ!ふなばし!U-20ワカモノ活動発表会2006冬。

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アゲてけ!ふなばし!U-20ワカモノ活動発表会2006冬
「これからの船橋は、ワカモノが面白くする」

船橋市の自治振興課との協働企画ももう3年目。
「アゲてけ!」からは、「ふなPICO」が生まれ、デキシKとも仲良くなり、一部では日本で一番立派なNPOサポートセンターと呼ばれる船橋市市民活動サポートセンターのイベントとしては、けっこういい線いっていると思います。

こういったプロジェクトで、なぜ若者をフィーチャーするのが良いかというのは、分かっている人にとっては「何をいまさら」ですが、若者はすぐに大人になります。感受性の豊かな時期に過ごした場所は、その人にとっての原風景になるもの。
サポセンに愛着を持って末永く使ってもらうには、早いうちから親しんでもらうことが大切。

また、社会経験が少ない若年者にとって、こうした公共施設を使った仕事に参加することは、社会に対する参加意識を、ソフトランディングで養うとても良い場となるのです。

Santa

「アゲてけ!」終了後は、参加してくださった、情報ステーションの忘年会にみんなでサンタ、じゃなくて参加。
情報ステーションのフリマがこの日、駅前地下通路で開かれていて、僕もサンターズの一員となってきました。

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2006.12.16

盛況でした!mixiアート系コミュ合同オフ「企画プレゼンオフ」。

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<井手実さんのプレゼンテーション>

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<あらら。のパフォーマンス>

mixiのアート系コミュの合同オフ、盛況のうちに終わりましたっ。参加者は51名。京都や三重からこのオフのためにいらしていただいた方も・・・感謝。

協力してくださった皆さま、ありがとうございました。

コミュニケーション・アートバースタッフの皆さま、ありがとうございました。

「企画プレゼンオフ」と銘打った今回ですが、アートマネージャー・アーティスト・スペース運営者など合計12組がそれぞれの企画を思い思いの形態でプレゼンして、来場者が「投票」するというもの。

来場者は全員、1枚1000円の投票券を受け取り、よいと思った企画者に投票すると、その分のお金が丸々プレゼンテーターに入るという趣向でした。

ネットのオフ会はいろいろ参加したこともあるんですが、アサヒ・アート・スクエアのようなホールを使って開くなんてのは初めて。投票制のイベントも初めて。プレゼンテーターの半分以上は初対面。

など、“初”づくしのなか、準備も1人でやり、MCも自分というぜんぜんマネジメントがなってない・・・(笑

まあ、人手・経費などをいかにかけずにこのようなパーティを開催できるか、ということにチャレンジしたかったので、そういった意味では、成功ではないかと(自画自賛)。

参加者の皆さまも後半に行くほどヒートアップして、プレゼン終了後のアピールタイムでは行列ができてました。

アーティストや制作者にとって、いわゆる“本番”である公演や展覧会は失敗できない正念場。すべての力を投入してかかるわけです。

今回のオフ会は、気軽に参加して、お友だちやファン、パートナーを見つけることができる場を定着させていきたいと思って企画したので、定期的にやっていきたいです。

アサヒ・アート・スクエアからもお褒めの言葉をいただけたので、そういった意味でもまぁ、合格かと。

*

以下は課題。

課題といいつつ、いつも文句ばかり言っている人というのは“肯定力”が低く、「自分が嫌いな物事を肯定的な目で見てみる」という想像力も少ない人だと思うので、そういった手合いに寄与することはしたくない。

よって、自分用のメモとして書きます。

・BGMが足りなくなって同じソースを繰り返し使ってしまった。反省。
  →BGMには、参加者の行動をコントロールする効果がある。
  リラックスしてもらいたいときにはBPM遅め。アクティブに
  なってもらいたいときには、ダンサブルなもの。
  同じ曲が繰り返しかかると、時間が長く感じてしまう効果が
  ある。

・プレゼンの件数が多くて、交流のためのフリータイムが少なかった。
 →これは正解がない課題で悩むー。プレゼンが多いほど参加度が
  高まり、盛り上がる。
  でもでも、参加者からしたら、いろんな人とおしゃべりしたい
  わけだし。うーむ。
  しかし、忙しい現代人に6時間イベントとかは意味ないような
  気がするし。
  どうしたら良いでしょう?

・プレゼンの質が一部低かったという意見あり。
 →今回のプレゼンは、パワポあり、スピーチあり、パフォーマンス
  ・ライブありで、多様でした。
  プレゼンをする人にとって、自分のアピール能力がどれくらいか、
  ということは、相手によっても違うので、自分で肌で感じてもら
  いたいので、あんまし事前にあれこれ言いたくないのです。
  プレゼンの結果は、聞いた人の感想や、今回は「投票」にも現れ
  るし。
  やっていく中で向上すればいいし、逆にプレゼン下手でも心に
  響くものってものあるんじゃないかなー、という気もあるんで、
  これも正解がない“課題”です。

・コミュニケーションのための仕掛けについて。
 →これも評価が分かれているものとして、「まわりの人3人に名前
  を書いてもらうとお菓子がもらえるカード」というアトラクショ
  ンをやってみました。
  これ、どうでしたか?
  一人で来てくれた人がおしゃべりのきっかけにしてもらえたら、
  という目的でやってみました。
  もっと本格的ないわゆるアイスブレイキングも考えたんですが、
  お遊戯チックになっても嫌だなと(笑
  パーティ慣れしている民族だったらなんのイベントもやらずに
  ほっときゃいいんですが。これも課題。

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2006.12.15

オフ会買い出し中。

オフ会買い出し中。

なぜ仲見世にいるかというと…。

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2006.12.14

企画プレゼンオフ。

企画プレゼンオフ。

いよいよ明日ですー。
迷っている人は是非きましょう!

今日は明日の会場のアサヒアートスクエアで、AAF2007実行委員会です。

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2006.12.05

歌舞伎町・夜のまち歩き。

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夜の歌舞伎町の裏表を歩く。

ディレクター・蔵本さんのお供で、来年2月の「ボランタリー・フォーラム」の打ち合わせ。

「歌舞伎町ルネッサンス」で盛り上がりつつある新宿歌舞伎町のまちづくりに迫るツアーとレクチャーのため、CETなどでお世話になっているコンサルタントの橘に案内していただいてまずは勉強勉強。

学生の時に入り浸っていたこともあって、歌舞伎町にはとても愛着があります。

最近、都知事による風俗店の取り締まりや、区長肝煎りの再開発もはじまり、ちょっとパワーが落ちていますが世界一の乗降客数を誇る新宿としては、歌舞伎町を始めとする周辺地域の活性化に取り組むことは当然の流れでしょう。

あらためて歩いてみると、まず大久保の職安通りのコリアンタウンがとても近い。
歌舞伎町というと新宿駅側を「表」ととらえがちですが、大久保エリアを視野に入れることによって、歌舞伎町が弱い「食」を強化できるということに気付きました。

「歌舞伎町ルネッサンス」もアートが重要な位置を占めることになるのですが、これだけの大型プロジェクトの場合、どのような形になるのか…は、2月においでいただければ、教えてもらえると思うので、ぜひおいでください。

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2006.12.03

コンテンポラリーダンスへの疑問。

僕はコンテンポラリーダンスの自由なかんじが大好きです。

が、同時にコンテンポラリーダンスは、とても素晴らしい振付家・ダンサーによるとてもつまらない公演が多いので、いやになります。

なんでわざわざこんなにつまらなくするのだろう?といつも思います。

・つまらない衣装

・つまらない舞台(場所)

・つまらない音楽

ダンスは多くの人の喜怒哀楽の顔に囲まれて、酒やご馳走とともにあって、幸せを運ぶものです。

貧乏くさい“劇場”で行われる“公演”をスタンダードと思い込まされてきた高度経済成長チックというか、ニュータウンチックというか、プレハブチックな状況は、コンテンポラリーダンス界ではまだ終わってない模様。コンテンポラリーダンス界は、いまだ20世紀?

とりあえず、「デートに誘えるコンテンポラリーダンス公演」を増やしたいですねー。

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よしながふみ「大奥」2。

Ohoku2

かなり長い間、本屋に行くたびに、「出てないかな~」と探していた、男女逆転「大奥」、待望の2巻。

すごい待たされたわりに、「よしながふみって本当に絵が下手だな」という感想くらいしかもてないまま読み進めていましたが、最後のページに涙がでました。

ジェンダーを溶かす慈悲の境地。

人というものは、ここまで悲惨な目に遭わないと、自分の過去にしがみつき、進化しないものなのでしょうか?

などと考えてしまいました。

トマス・ハリスの「ハンニバル」の壮絶で美しい幕切れに通じるものを感じましたです。

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2006.12.01

ポツドール公演「恋の渦」。

恥ずかしながらの初見のポツドール
新作「恋の渦」は、ありえないくらいリアルな下流恋愛模様が「人間動物園かっ!」とばかりに描き出されていて、すんばらしかったです。

まず、俳優が俳優に見えないくらい、リアル下流なキャラクター造形。ファッション・髪型・仕草・口調etc.本物の下流な人でした。
さながら旭山動物園の人間版・・・。

わずかに挿入されるドラマがこなれていない、と思うのは、この人間動物園を極めた先にあるものが見えつつあるからだとと思うのですが、それは何か今はまだ言語化できません。
ポツドールって「演劇」というより「コンテンポラリーアート」だよな。

“生理現象”まで舞台に乗せてしまっているし。しかし、裸や性行為をここまでバーン!と正面からあつかうのって、最近流行っているのでしょうか?

カーテンコールがないのもスタイリッシュでかっこいいですー。

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