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2014.07.05

「おしるこカフェ」@仙台・あすと長町仮設住宅 2014年7月6日

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日時:2014年7月6日(金)13:00-15:00

もう夏ですね!
2012年1月に、仙台・あすと長町仮設住宅でスタートした「おしるこカフェ」。
住民の皆さんと手作りのおいしい「おしるこ」を食べながら、ただおしゃべりを楽しむ、だんらんの場で。
仮設にお住いでない方のご参加も、大歓迎です・

会場:仙台・あすと長町仮設住宅
主催:一般社団法人アート・インクルージョン、一般社団法人MMIX Lab、特定非営利活動法人コミュニティアート・ふなばし

共催:あすと長町仮設住宅自治会、宮城教育大学・村上タカシ研究室

協力:船橋市本町通り商店街振興組合(千葉県船橋市)、稲荷鬼王神社(東京都新宿区)

お問い合わせ:090-9101-1974

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2013.03.16

そして、彼は現れた。

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ふらりと、彼は歌舞伎町のホテルの喫茶室に現れた。
これ、合掌造りですよね。と壁のパネルを指差した彼は、白川村の隣のさらに小さな村から、
「口減らし」で東京に就職し、現在は都内でがれき処理の仕事をしていると言う。
70歳近い彼が、東京に来たのは、今からおよそ50年前。1960年代。

上京してゴミ回収業に就いた彼は、寮から毎週末になると、歌舞伎町のACBに通った。
さほど広くないACBのフロアは、生バンドが演奏する、「悲しき雨音」(カスケーズ)、「ヘイ・ミスターポストマン」(ビートルズ)などに合わせて、17-18歳の若者が集まり、ダンスに興じた。
「酒が飲みたいならゴールデン街に行け」とよく言われたそうで、ACBではレモンスカッシュなどを飲みながら、踊りまくった。

新しい曲は、ACBで覚えた。

ACBは、「ディスコ」でも「ダンスホール」でもなく、単に「ACB」としか呼ばれていなかった。

男性は男性で一列になって踊っていたが、遊び慣れた女の子が手を取ってダンスに誘ってくれた。
女の子たちは、美容師が多かった。
彼は、ここで出会った女の子と結婚した。

現在行っている、がれき処理の仕事はとても危険で、中でもガスボンベは爆発することもよくあり、気が抜けない。
木材/コンクリート/金属/プラスティックetc.をより分ける仕事は、ミャンマーや中国から来た労働者が行っている。

がれき処理の仕事は、使命感に基づいて、かなり安い値段で請け負っている。
仕事は楽しい。いつまでも一生懸命働いて、そのままコロッと死にたいね。

彼は言っていた。

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2013.03.02

ホテル白川郷名物の朝御飯。

ホテル白川郷名物の朝御飯。
歌舞伎町・ホテル白川郷名物の、支配人さん自ら手掛ける朝御飯。

・春菊とササミのお浸し
・カボチャとリンゴのサラダ
・ムツのあら煮
・水菜の煮浸し
・だし巻き卵
・豆腐とワカメの味噌汁
・漬物
・昆布とジャコの佃煮
・焼き海苔

23品目。
だし巻き卵は、なんと焼きたて!
個人的には、海苔が味付け海苔じゃなくて、焼き海苔なのが、嬉しいです。
旅行先では、野菜や食物繊維が不足がちですが、これなら大丈夫。

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2013.02.25

「仙台雑煮」を巡る旅

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仙台市太白区にある市内最大の仮設住宅「あすと長町仮設住宅」で、2012年1月から毎月1回「おしるこカフェ」を開催してきました。

手作りの暖かいおしるこを食べ、お餅を食べ、楽しくおしゃべりをする、おしゃべりサロンのようなものです。

「おしるこカフェ」は、船橋市本町通り商店街振興組合や歌舞伎町の稲荷鬼王神社の支援をいただいています。
稲荷鬼王神社では、毎年お正月に、たくさんのご家庭から寄せられた「お雑煮」の写真展を開催していることもあり、「おしるこカフェ」で「仙台雑煮」を作って、その写真を境内に展示していただこうと思い、2012年10月から「仙台雑煮ワークショップ」をスタートしました。
仮設住宅の住民の皆さんから「仙台雑煮」に関して聞き取りをしながら、お正月までかけて「仙台雑煮」を作り上げようというプログラムです。

まず最初の回は、わたくしことシモヤマが、自分の家の「お雑煮」を作り、仮設の皆さまに食べていただきました。
我が家の「お雑煮」は、わりとオーソドックスな「関東風雑煮」で、鰹節とお醤油のすまし汁に、具は鶏肉・小松菜・カマボコ、お餅は角餅を焼いたものです。

二回目は、仙台朝市の「今庄青果」さんが普及に尽力されている「仙台白菜」を使って、「仙台白菜のお煮」を作ってみました。
出来上がった「お雑煮」に舌鼓を打ちながら、皆さんの「お雑煮」についてお話を伺いました。

あすと長町仮設住宅は、宮城・福島から来た方々が集まっていますが、皆さんのお話にほぼ共通してでてくる「お雑煮」は、

・焼きはぜの出汁
・醤油味
・「おひきな」という大根と人参を細く刻んでゆがき、屋外で一晩凍みさせたもの
・凍み豆腐
・里芋の芋がらの干したもの。「カラトリ」と呼ばれています。
・ゴボウ
・糸こんにゃく
・ナルト
・イクラ
・セリ

などが入り、

お餅は、角餅を焼いたもの、というのが「仙台雑煮」のようです。

ちなみに、「仙台雑煮」は、「焼きはぜ」で出汁を取るのが特徴とのことですが、出汁を取ったあとのはぜの扱いについては、ネットで諸説あり、

・お雑煮を盛り付けたお椀にはぜを乗せる

というのが一般的なようですが、

・いわゆる「だしがら」のはぜをお客様にお出しするのはおかしい

と考える人もいらっしゃるようです。

???

まずは、作ってみてから、仮設住宅の皆さまに聞いてみましょう!
仮設住宅には、長年お雑煮を作ってきた女性が多いのだし。
ということで、12月の「おしるこカフェ」で、慣れない手つきで作った試作バージョンの「仙台雑煮」を、皆さまに食べていただき、
コメントをいただきました。

・「おひきな」は、できるだけ、細く長く切る。これは、「おせち料理」の「紅白なます」と同じで、細く長いほど縁起が良い。
・「カラトリ」が入っていると、とても喜ばれる。
・具は、お椀に山盛りにする。

などです。

今回、「おしるこカフェ」に参加してくださった、南三陸町の仮設住宅で、歌と民話によってコミュニティ支援をしている、静音ちかさんから、謎だった「はぜ」について、とてもためになるお話をいただけました。

シモヤマ:「仙台雑煮」に入っている「焼きはぜ」は、家族の中で誰が食べるのですか?

静音さん:お正月の「お雑煮」は、神様にお供えするものです。「焼きはぜ」は、いわゆる「尾頭付き」の魚として、「お雑煮」の上に乗せてお供えします。お供えしたあと下げたものを、一家の家長がいただきます。

そう、「お雑煮」、単なる料理ではなく、それぞれの家庭で古くから、「お雑煮」が、どのように食べられてきたか、という食文化/生活文化であり、宗教行事でもあるのです。

仙台朝市で、「焼きはぜ」を売っていた魚屋さんのおかみさんは、「焼きはぜは、尻尾が欠けたりしたら価値が無くなる。ご縁起ものですから」と言っていましたが、これで合点がいくというものです。

2013年1月の「おしるこカフェ」では、改善バージョンの「仙台雑煮」を作り、皆さんといただきました。

そうしたら、またまた興味深いコメントが出てきました。

・自分は仙台に長く住んでいるけれど、「焼きはぜ」のお出汁の雑煮は初めて食べた。
・自分の家の雑煮は、近くの海で採れる「アナゴ」を焼き干しにしたもので出汁を取る(石巻)
・自分の家のあたりでは、アワビがたくさん採れるので、雑煮には、一人一個アワビが入っていた(志津川)

などなど。
地域の数だけ、さまざまな「お雑煮」があり、家庭の数だけさまざまな味があるようです。
「仙台雑煮」は、決して一つではありませんでした。

これからも、いろいろな「仙台雑煮」を探す旅は続くのでした。

下山浩一/NPO法人コミュニティアート・ふなばし

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2013.02.23

にょきにょき。

にょきにょき。
ホテル白川郷の支配人さんにいただいたシイタケ栽培キットから、二周目がにょきにょき。

当たり前かもしれませんが、シイタケも取れたてが美味しいんですね。

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2013.02.20

おしるこカフェ、開催の記録

おしるこカフェ

会場:仙台市・あすと長町仮設住宅
仙台市太白区あすと長町3丁目1-1
http://asutonagamachi.web.fc2.com/

2012年

1月12日(木)
2月15日(水)
3月8日(木)
4月14日(土)
5月3日(木)
6月23日(土)
7月17日(火)
8月10日(金)
9月22日(金)
10月19日(金)
11月16日(金)
12月22日(金)

2013年
1月8日(火)
2月3日(日)
3月3日(日)

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2012.10.10

そして、「彼女」は現れた。

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歌舞伎町のプロジェクトの重要な場面で、「彼女」は現れる。
彼女のことを私は、小町・・・そう、「歌舞伎町小町」と呼んでいる。
2012年8月25日、ホテル白川郷の「おしるこカフェ」に、彼女は現れた。
相馬高校の渡部先生による、相馬の高校生、その家族、市民の皆さんについての生々しいリポートを聴いていた「彼女」は、支配人さんお手製のおしるこを美味しいと喜び、お代わりをし、おもむろに口を開いた。

「私は、長崎で、あの“光”をみました」

「彼女」は、女学生の頃長崎に落とされたあの爆弾の“光”を見たと言う。
「彼女」は、80代。
スクリーンには、相馬高校の女子生徒たちが、原発事故の不安を綴った演劇のドキュメンタリーが映されている。
原爆が投下された1945年、まさに女子生徒だった80代の彼女が、その様子を見ている。
2012年の女子生徒と、1945年の女子生徒の生が、交錯する。
原発20km圏にまつわる話題が出た時、「彼女」は自らも長崎の原爆投下の地から20km圏内にいたということで、関心を寄せていた。
仙台在住のアーティスト・門脇篤さんと渡部先生と「彼女」が、「Nagasaki Archive」 の画面を覗き込む姿は、時空を超えた邂逅のようで、私には何故か「見てはいけないもの」「恐ろしいもの」のように見えた。
正視することが出来なかった。
「帰らなくちゃ」。
やがて彼女が言った。
私たち全員は、「彼女」がこの場に現れてくれたこと、彼女と話が出来たことを、心から感謝していたし、そのことを丁寧に彼女に伝えた。
午後の歌舞伎町の道を新宿駅に向かって帰っていく「彼女」。
その姿が見えなくなるまで、私は見送っていた。
夢幻のようなひと時だった。
ホテル白川郷の支配人・小坂さんは、「神様のような方だったね」と仰った。
それは、私たち全員の実感でもあった。
歌舞伎町小町は、私たちを、常に見守っていて、導いてくれる。


歌舞伎町小町に出会った

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2012.10.04

Taste of honey.

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フォーシーズンズホテル丸の内でお茶していたら、スコーンに添えられていた蜂蜜があまり美味しいので、スタッフの方に伺ったところ、「サクランボ」の蜂蜜で、蜂蜜専門店「ラベイユ」のものだということが分かりました。
ちなみに、写真右デス。
鮮やかな香り、口に入れると上質のシャーッベットのようにさらさらと溶けていく・・・。素晴らしい蜂蜜です。

丸ビルのショップに行くと、さらに珍しい蜂蜜がたくさんあり、いろいろ買ってみました。

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これがサクランボ。

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これは、樫の木。花から集めた蜜ではなく、葉から滴る樹液を、蜜蜂が集めた、珍しいものです。

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これは、台湾産の龍眼の蜂蜜。
実は、夏に高松に行った際に、枇杷の蜂蜜に衝撃を受けて、ホテル白川郷の支配人さんにもプレゼントしたところ、台湾人スタッフが、「台湾の龍眼の蜂蜜も美味しい」と教えてくれたので気になっていたのでした。

これらの蜂蜜を扱っているラベイユは、銀座ミツバチプロジェクトの蜂蜜も扱っているのです!

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で、これが、高松の中田養蜂の枇杷蜜。
ともかく、香りが鮮やかで、脳に突き抜ける感じ。すごいんです。

蜂蜜は、蜜蜂が地域で咲いている花から集めてくるので、当然のことながら、植生や気候、農薬散布などの影響を大きく受けます。蜂蜜から見えてくる風土は、とても興味深いものがあります。

蜂蜜と言えば、これらの蜂蜜は、西洋蜜蜂の蜜です。

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最近話題なのは、日本蜜蜂。
マイルドかつ濃厚な味わいの、とても美味しい蜂蜜です。

そしてそして、我が家の食料庫に眠っているのが、この二本の蜂蜜です。

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311の直後に、福島で買い求めたものです。
原発事故の前の製品で、安全性はまったく問題ありません。
だからこそ、手をつける気になりません。

この蜂蜜、いったいどのような味がするのでしょうか?

Taste of honey.を巡る物語は、まだ続く予感がいたします。






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2012.09.30

「きらゆめ」が10周年を迎えました!

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2003年から始めた、船橋市本町通り商店街振興組合さんと、我々地元NPOの協働による地域づくりイベント「きらきら夢ひろば」、通称「きらゆめ」が、10周年を迎えました。

なんだか、ぜんぜん実感がなくて、10年なんかあっという間だったな、という気もしますし、この間にご結婚されてお子さんが生まれた方がいらっしゃったり、はたまた亡くなられた方もいらっしゃったり。
そう考えると、ひとつの“時代”と言えなくもないのでしょうか。

門脇篤さんに編集長になっていただいて、この「きらゆめ」を総括するブックレットの制作が進んでいます。

僕はあんまりでしゃばらないようにしようと思いつつも、こんなテキストをお寄せしました。

+++

「きらゆめ」が、“ふるさと”

「きらゆめ」は、新しい“ふるさと”です。

人は、どのような時に、まちに愛着を覚えるのでしょうか?
それは、そこの場所で、学び/働き/人を愛し/悲しみ/喜び/心と体を働かせる・・・。
そう、思い出を重ねる時、人はそのまちに愛着を覚えるようです。
人に大切にされ、まちに育てられる。
こんな体験をする場所を、私たちは“ふるさと”と呼びます。

「きらゆめ」は、10周年を迎え、次の20周年に向かって進みます。

私たちの祖先は、何もない土地に作物を植え、焼け跡に家を建てて、楽しい時と苦しい時を重ね、“ふるさと”をつくってきました。

2011年に起こった、東日本大震災、そして東京電力福島第一原子力発電所事故による被害は、多くの被害者を出し、
私たちに立ち直り難い試練を与えました。
天災・大事故を前に、私たちはあまりにも無力でした。

しかし、私たち庶民は、常に奪われ、何も無い場所からスタートし、辛酸を舐めながらも生活し、子どもを育て、“ふるさと”をつくり出してきました。

人類が生まれてから今に至るまで、この“活動”が途切れたことはないのです。

私たちの“ふるさと”づくりの取り組みは終わりません。
古今東西の仲間がそうしてきたように。

「きらゆめ」においでのお客様、参加NPOの皆さま、そして船橋市本町通り商店街の皆さまに、心より感謝を捧げます。
ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いいたします!

特定非営利活動法人コミュニティアート・ふなばし
下山浩一

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2012.04.14

「おしるこカフェ」@仙台・あすと長町。

門脇篤さんと今年1月から始めた仙台・あすと長町仮設住宅での「おしるこカフェ」が、4回目を迎えたので、ちょっと振り返りを。

これは、もともと「企画」とか「プロジェクト」なんて呼べるものではなく、2011年のクリスマスに、アートインクルージョンが主催したクリスマスイベントを視察に伺ったときに、なんとなく思いつきを口にしたことから始まったことなんです。

・仮設住宅の皆さんに、何か役立つことはできないか。
・自分たちのやりたいこととかは、ちょっと置いておいて、手弁当でやってみたい。
・震災や津波で被災された方々の力になりたいけれど、喪が明けていない方もいらっしゃるから、「お正月」っぽいのはダメだよね。

↑こんな会話を門脇さんとしたように思います。

というわけで、地味にかつ和やかに、みんなで楽しめる場として、「おしるこカフェ」(仮)を始めることになりました。
年末に言い出して、門脇さんがすぐに仮設住宅に行ってくださって、いきなり1月12日開始。
このスピード感も、なかなか気に入っています。

「おしるこカフェ」の設計について配慮したのは、以下の事柄です。
1)美味しくて、なおかつ健康に良いものを提供する。
2)子どもからお年寄りまでに親しみ深いメニューにする。
3)米どころ宮城という土地柄、お餅をフィーチャーする。
4)インスタント食品やレトルトは使わない。
5)いわゆる「慰問イベント」とは一線を画し、できるだけ「隙間」の多い場にする。
6)来場者をできるだけ「受身」にしない。

仮設住宅で暮らしている方々の食生活を考えると、食物繊維が足りないのでは?という点が気になります。よって、提供するメニューは「おしるこ」。
若い人の間ではアンコが嫌いな人もいるので、メニューについては、来場者の反応を見て修正することも考えました。
「お餅」は、仮設住宅の皆さまに、分かりやすく元気になってもらいたいというメッセージを含んでいるわけですが、これは狙いが当たったようです。今日の「おしるこカフェ」でも、「東北の人間は、餅が好きなんだよー」と、たくさんのお話を伺いました。
アズキからおしるこを作るなんて、生まれて初めて挑戦しましたが、これも好評でした。「うちのお祖母ちゃんが作ったのとおんなじ味だよ」と言っていただいた時には、胸が熱くなりました。いわゆる支援物資は、その性質上、インスタントやレトルトが多くなりますが、無骨ながらも手作りのおしるこは、ほっと和やかな時間を思い出していただくきっかけになれたようです。
「隙間」の多い場にするということは、重視した点です。
いらした方々が、その人らしく、表現とコミュニケーションを楽しんでいただきたい。
これは、コミュニティアート・ふなばしのプロジェクトに一貫してるものです。
足りないものは、みんなで考えればいい。
「間」があるからこそ、次のアクションが生まれる。
デザインされた「隙間」は、クリエイティブに非常に重要なものです。

とまあ、始めたこの「おしるこカフェ」ですが、「もう来なくていいよ」と言われるまで、続けようと思っています。

今日の「おしるこカフェ」で、皆さんと撮った写真ですが、珍しく可愛く写っている自分の姿にちょっとびっくりなシモヤマでした。

あすと長町仮設住宅の皆さま、アートインクルージョンの皆さま、そして門脇さん、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。

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2012.03.10

歌舞伎町小町に出会った

2010年のクリスマス、歌舞伎町の中心にある大久保公園で、私たちは、巨大なクリスマスツリーを作っていた。
公園を訪れる、子ども、大人、カップル、中学生。様々な人が、思い思いの楽しいメッセージを書き、メッセージが書かれたカラフルなブロックを積み重ねて、素敵なクリスマスツリーができる!
コミュニティアート城「歌舞伎町クリスマス★ガーデン」そんな楽しい催しだ。

楽しいアートのワークショップの場に、一人のおばあさんが来てなにやら怒りだした。
「公園のトイレが使えない!」と怒っていた。
ワークショップで使う電源を、トイレの横からお借りしていた関係で、杖をついた、体が不自由なおばあさんが通りにくい。そう言って怒っている。
私たちは、丁重に謝り、電源ケーブルを片付け、おばあさんは、トイレが使えるようになった。

小柄でヨタヨタした、おばあさんだった。

さて、そのおばあさんが、トイレに入って小一時間たっても出てこない。

寒い12月である。

心配になった私たちが、公園を管理しているスタッフに伝えたところ、公園スタッフが、トイレの中に声をかけた。
体の自由が利かないおばさんは、小一時間たって、トイレから出てきて、また怒りだした。
「トイレに長く入っていちゃいけないのかい!」

もちろんそんなことはない。

私たちは、「いえいえ。この寒さだし、おばあさんが中で具合でも悪くなってはいないかと心配しておりました」
そう言った。

これを聞いたおばあさんは、さらに怒りだした。

「嘘を言うんじゃないよ!あたしのことを心配する人なんて、だあれもいやしない!」

急に芝居がかったおばあさんのセリフ・・・。

寒い中、作業をして疲れはてていた私たちは、正直困って、というか、優しく相手になる余裕もなく、無言になってしまった。
空気が凍りついた。

「あたしのことを心配する人なんて、だあれもいやしない!」というおばあさんに、どうして、「そんなことはありませんよ。おばあさんが風邪でも引いたら大変だと思っていたんですよ」、そう言えなかったんだろうか。

みんなでつくるコミュニティアート。
誰でも参加できるクリスマスガーデン。

こうした美しい言葉が、足元から崩れ去る瞬間であった。

そう、彼女は、クリスマスガーデンに現れた、小町だったのだ。

お能の「卒塔婆小町」に出てくる、偉そうな僧侶を言い負かす、あの老境の小野小町。

卒塔婆小町
乞食の老女が卒塔婆に腰掛けているのを、高野山の僧が見咎め、説教を始めるが、逆に法論でやり込められる。驚いた僧が彼女の名を聞けば、かつては才色兼備を謳われた小野小町の成れの果てだという。彼女は自らの来し方を語り始めるが、彼女にあこがれて通いつめながらついに願いを果たせなかった四位の少将の霊にとりつかれ、苦しめられる。
Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%92%E9%83%BD%E5%A9%86%E5%B0%8F%E7%94%BA

コミュニティアートというものが、まだまだ自分にとって、薄っぺらいものであったと喝破してくれた彼女を、「歌舞伎町小町」と呼んで、我が身を深く反省したいと思った年の瀬であった。

ホント、やけに芝居がかった小町だったんですよねー。

“花のいろはうつりにけりないたずらに わが身世にふるながめせしまに”小野小町

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2011.05.14

何もないアートプロジェクト

2011年3月14日(土)、今日は船橋市本町通り「きらきら夢ひろば」
コミュニティアート・ふなばしは、仙台在住の現代アーティスト門脇篤さんを招聘し、「いどうどうぶつえんをつくろう」「震災カフェ」の2つのプログラムを実施しました。

この「きらきら夢ひろば」は、今年で7年目になる、商店街とNPOの協働による地域づくりイベントで、10以上のNPOが参加し、商店街のあちこちで趣向を凝らした出し物が行われます。

門脇篤さんに参加していただいて、今年で6年目になります。

この「きらゆめ」(とみんな呼ぶ)、昨年あたりから、自分の中で、もやもやした気持ちが、なんとも気持ち悪く、言語化できないもどかしさに、もんもんとしていた。

「きらゆめ」における門脇さんのワークショップは、ワークショップの定石をまったく無視したもので、会場は、道路の歩道からちょっとセットバックはしているものの、ほとんど「ストリート」、参加者は当日になるまで何人来るのか分からない、参加者は入るも出るも自由、出来上がった作品は“お持ち帰り”できない。
毎回、200にんくらいの子どもを中心とした家族連れで賑わう、本町通りの風物詩と化している。
ちなみに、6年もやっていると、近くの船橋小学校の児童の皆さんは、ほとんど門脇WSの経験者で、知らない子はほとんどいません。

今回は、さまざまな素材を使って、商店街が呼んだ本物の「子ども移動動物園」のチャボやウサギやヒヨコの隣りで、不思議な動物を製作してもらうという内容のWSだった。

この門脇さんのWSは、もう一つ特徴があって、アーティストである門脇さんは、場を設定し、素材の準備をし、「どうぶつをつくってね」と言ったきり、ほとんど「指導」というものを行わない。

参加者は、大人も子どもも、それぞれに「どうぶつ」を作る。
今日は晴れて、日射がけっこう厳しく、気温も上がったけれど、皆さんひたすら作る作る。

座り込んで作る。寝っ転がって作る・・・。

この寝っ転がって作る子どもの姿を見ていて、一つ目の前が開けた。

これまで、「まちづくり」と言うと、住民が「吉祥寺LOVE!」と叫んだり、「横浜を愛してます!」と言ったりなど「地域に愛着」とか「地元を誇れる」ということが成功の見本のような言われ方をしていた。
また、「まちづくり活動」の結果、新しいお土産品ができたり、お金が儲かったり、新しいお店がオープンしたり、雇用が生まれたりというのが「成功」と言われてきた。

しかし・・・。

「きらゆめ」は、非常に成功しているけど、上記の指標のどれにも当てはまらない・・・。

「きらゆめ」でお金が儲かったなどという話は聞いた事ないし、商店街は「きらゆめ」のために毎回かなりの経費を負担している。
雇用が生まれるなんてない。

さらに言えば、「感動」とかもないっぽい。

楽しいか楽しくないかといえば、楽しいかも知れないが、「きらゆめ」とディズニーランドどちらを選ぶか?と聞いたら、みんな「もちろんディズニーランド!」と答えそう。

ニュースになるようなトピックも、最近無い。

門脇さんのアーティストキャリアになって欲しいけど、それもいまいち不安。

・・・。

そう、「きらゆめ」には、何もない。

「成功」も「成果」も何もないように見える。

しかし、これは、従来の「まちづくり」の尺度だったと思う。

「きらゆめ」における門脇篤さんのプログラムをキーワードを挙げるとすると、「のんびり」「くつろいで」「落ち着いて」「楽しく」あたりになるのではないかと思う。

住民に、これらの状態を提供することができる人がいれば、それは「鼓腹撃壌」に出てくるような「名君」ということになるだろう。

「指標」のお話をしたが、門脇WSの参加者の、心拍数・血圧・IgA (免疫グロブリンA)の値を測定すれば、有意差が出ると思われる。
不安と孤独のストレスに苛まされる現代日本で、創造活動でこんな「まちづくり」ができるプログラムがあるということは、驚きに値する。

まちなかで、こんなのんびりした体験というと、船橋の漁村側で見た光景を思い出す。
夏の夕暮れ、ステテコ一丁でママチャリをこぐおじいさんの姿だ。
そんなゆったりと落ち着いた気持ちで、自分を開放して暮らすことができる「まちづくり」。

一見「なにもない」、門脇WSが導く世界の未来性に打たれた、今日の善き日でございました。

「震災カフェ」については、また今度。

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2011.05.11

5.11 南三陸の海に思いを届けよう

南三陸町で行われる黙祷集会のネット中継のお手伝いをしております。
ライブ中継を行いますので、ぜひご覧ください。


5.11 南三陸の海に思いを届けよう

地震のあった時間の黙祷、津波の来た時間に志津川湾に向けて思いを届ける時間を、
町民が心ひとつに過ごす集会を催します。
その模様を町民のみなさんが避難しておられる5 市町の6 会場に中継します。

と き:5月11 日( 水) 14:45~15:15
ところ: メイン会場 志津川中学校校庭
  ■中継会場  ホテル観洋( 南三陸町)
           鳴子中央公民館・仙庄館( 大崎市) 
           登米公民館( 登米市)
           中新田交流センター( 加美町)
           伊豆沼ウェットランド交流館( 栗原市)
~インターネットでこの集会のようすを中継いたします~
インターネットの見られる環境でしたら、以下のアドレスからご覧いただけます。
http://www.envisi.org/minamisanriku/

< プログラム>    
14:45 開会  
14:46 黙祷
14:47 町長挨拶
14:52 詩の朗読
14:57 海に思いを届けよう《♪鈴木美紀子( 声楽家) 歌 佐藤正隆( ギタリスト) 伴奏 》
       東日本大震災の犠牲になったみなさまに私たちの思いを届けたいと思います。
       中継会場のみなさまも、歌を聴きながら、キャンドルを海の方角に向かって並べる
       などしてご参加ください。
15:07 ころ 南三陸町福興市のお知らせ  山内正文氏
15:10    全国から南三陸町のみなさんへのメッセージ
15:15 ころ 終了 《進行 渡辺祥子( 朗読家) 》


主催 ENVISI 共催 南三陸町福興市実行委員会 
協力 アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)ネットワーク活動支援募金 
   企業メセナ協議会「芸術・文化による震災復興支援ファンド」

お問合せ: ENVISI 吉川由美(090-3123-0956)
ネット中継についてのお問合せ(どうやって見るのかなど)は、門脇篤(070-5621-2301)まで

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2011.02.12

100円フルーツ缶。

ソーセージ
シューマイ
とうふ
ゆば
ベーコン角(厚)
きぬかつぎ
フライドポテト
100円フルーツ缶
すあま
はっか糖
月餅(果)

先月亡くなった父親の遺品を整理していたら、ノートにこんなリストがあった。
食道癌で入院し、摘出手術を受け、退院後に書いたものだろう。
字もしっかりしているので、2010年の12月くらいに書いたものと思われる。

食道癌の摘出手術後、嚥下がうまくいかず、常に胸のむかつきを訴え、さらに胃を引っ張り上げて食道とつなげているので、一度に食べられる量が少なくなり、栄養摂取の面でも、家族はかなり神経質になっていた。

食べたいし、食べないといけないという焦りもあるのに、食べられない。
どんどん低下していく体力。

こんな中で、書き付けた、父の「食べたいものリスト」のあまりのささやかさに、言葉を失う。

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2010.11.11

歌舞伎町のポーズ。

歌舞伎町のポーズ。
歌舞伎町2丁目で、写メ撮ろうと構えてたら、ホスト君たちが何だか叫んでる。

無視してたらどうやら「撮って!」と叫んでいたらしい。
ポーズをとらせて、パチリ。
バックは、大番会館…(笑)。

「お店来てくださいよ」なんて言うから、
「男は関係ないだろ?」と返すと、
今度は「今度キャバクラ行きましょう。奢るから」だそうです…。

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2010.09.30

岩見沢アートプロジェクト「ZAWORLD」

横浜下町パラダイスまつり、白石島文化祭の報告もしないと・・・
なのですが、まずは岩見沢を。

報告が遅れましたが、岩見沢アートプロジェクト「ZAWORLD」に伺ってきました。
http://www.artholiday.org/
岩見沢最大のお祭り「百餅祭り」に合わせて、2泊3日。
昨年に続いて、2回目の訪問なので、今回は、岩見沢市立図書館に立ち寄り、司書さんご推薦の「岩見澤市史」をがっつり読み込んで臨みました!

9月18日(土)は、僕の講座「よくわかる!コミュニティアート」。参加者の皆さまとのグループワークを交え、ほのぼのとした一時となりました。
会場のIWAMIZAWA90°のランチは、主宰の遠藤さんのお母様が手がけていらっしゃって、加藤種男さんをして「すごい」と言わしめた凝った盛りつけ。
百餅祭りは、門脇篤さんの「えんにちファクトリィ」、××ラビリンスによる「恋のおチョメ神社」が参加。
9月19日(日)は、空知地域の炭鉱に関する資料を集めている「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」
http://mc.soratan.com/
で、大木裕之さんが岩見沢を舞台に撮影した作品「コイ」を中心とした上映会が開かれました。

「ZAWORLD」は、昨年百餅祭りに参加して以来、まちの皆さんからの認知がグッとアップし、今ではまちで遠藤さんを知らない人はいないくらいだそうです。

岩見沢は、北海道における炭鉱の先駆けである空知炭鉱地区の中心のまちとして、炭鉱+国鉄で栄えた要所です。
今回は、「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」を運営する、NPO法人炭鉱の記憶推進機構との協働により、さらにプロジェクトが深化したようです。
空知地区の炭鉱は、平成になっても採炭していた炭鉱もあるため、「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」には、当時炭鉱や国鉄に勤めていらっしゃった方もふらっといらっしゃいます。

地域のアート拠点としてのIWAMIZAWA90°は、まちの「お食事処」としても繁盛し、イベントである「ZAWORLD」が百餅祭りを契機として一段と地域に浸透し、さらには「そらち炭鉱の記憶マネジメントセンター」との良好なコラボレーションが進み、炭鉱が閉山ししばしの静寂が続いていた岩見沢が変わりつつあるのをひしひしと感じる3日間でした。

遠藤さん、アーティストの皆さん、お疲れ様でした!

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2010.09.05

深澤孝史展覧会「うんこふみふみたかふみ文化センター」

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深澤孝史展覧会「うんこふみふみたかふみ文化センター」

深澤孝史展覧会「うんこふみふみたかふみ文化センター」は、野蛮さの中に、繊細な視点/精密なコントロール/おおらかな楽しさが光る、重層的な展覧会でした。

浜松市街から車で10分ばかり離れたところにある、たけし文化センターARSNOVAは、NPO法人クリエイティブサポートレッツが運営する障害福祉施設内に混在する3階立てのアートセンターです。
けっこう広いので、まずびっくり。
※ちなみに、「障害」という表記は正確に言えば正しいものではなく、ネガティブなイメージがあるので用いないという主張もありますが、この記事内では、会場内の表記に従います。

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訪問すると、展覧会のガイドとなるファイルを渡され、ビルの1階から2階・3階を見て回ることになります。
2階を覗くと、深澤さんが静かに作業をされていて、「らくらくおきらくびじゅつかんロボ」、階段踊り場には「ライトニングギガ工房」等の展示があります。
廊下にあるお弁当の展示は、障害を持つ子どもが描いた絵をお母さんがじっさいのお弁当としてつくる企画。これが、どのお弁当も高い技術力を見せ付けるもので、お母さん方のイマジネーションと技に感服させられます。

タイトルこそ「深澤孝史展覧会」となっていますが、この展覧会は、深澤さんがたけし文化センターARSNOVAにスタッフとして関わっていた期間も含め2年間のおつきあいの中でご縁があった障害児とそしてその周辺にいる人々との共同作業ほかを集めた「文化センター形式の展覧会」です。

「らくらくおきらくびじゅつかんロボ」
:ロボット型の“美術館”の内部に、多数の作品が展示されている。
色鉛筆の「緑色」を持っていってしまう人の対策に頭を悩ませたスタッフが、色鉛筆のケースを丸々一つ全部緑色だけにしてしまったエピソードを実物と一緒に飾ってある作品。
深澤さんと自閉症児のやりとりを構成したビデオアートは、画面を覆った土を掻き分けて観るようになっている。
仮面ライダーWをモチーフにした絵のシリーズ。
障害を持つ子どものライフスタイルをそのまま手づかみで手渡すような、緻密にコントロールされた展示に唸らされる。

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3階に移ると、ちょうどデイサービスが終わる間際で、障害児たちの大暴れ&大騒ぎの渦中に放り込まれ、タジタジとなりました。
僕もいろいろな場面で障害児との付き合いがあるので、彼/彼女らに「ダメ」という言葉を安直に使わないように心がけているのですが、ある小柄な女の子に買ったばかりの浜松土産を両手でガッシと掴まれて、脅威のあまり思わず「ダメ・・・」と言ってしまい、いきなり敗北感でいっぱいになりました。
そう、障害児をのびのびと生活させるこの空間では、いわゆる健常者が彼/彼女らのあふれ出るパワーに飲み込まれそうになる脅威が日常を満たしているようです。
若い施設スタッフの方々と、障害児のやりとりは、ほとんどプロレスを見る思いでした。バイオレンス!

そのバイオレンス!な3階の部屋の壁面に展示されている「さしえほん」は、深澤さんのアーティストとしてのスタンスをわかりやすく伝える作品でした。

「さしえほん」
障害児が描いた絵を集めた「えほん」を壁から吊るして展示。
えほんの中にときどき深澤さんが描いたページが挿入されていたり、深澤さんが製作したえほんがいっしょに展示されていたり。

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会場にいらした深澤さんに、作品についていらいろとお話を伺えました。
現在あちこちで行われている「アートプロジェクト」では、アーティストが招聘され、作品を展示したり、1週間から数ヶ月アーティストが現地に滞在して作品を製作するというスタイルが多く見られます。
深澤孝史展覧会「うんこふみふみたかふみ文化センター」は、こうしたスタイルとは、まったく異なり、深澤さんは主催団体のスタッフとして2年間働き、会場の前身の「たけし文化センター」立ち上げスタッフでもあったということで、障害を持った利用者やその周囲の方々との関係は一時的なものではありません。
また、主催団体スタッフとして、2年間働いた経験より、「NPO法人クリエイティブサポートレッツ」の理念や現状への理解も、正確なものと言えます。

NPO法人クリエイティブサポートレッツは、障害児を持つ親御さんが立ち上げた、いわゆる当事者型のNPOです。
当事者型のNPOは、大きなプロジェクト推進力を持つことが特徴です。NPO法人クリエイティブサポートレッツは、設立から10年ということで、団体としても“青年期”と言えます。
会場である「たけし文化センターARSNOVA」は、今年4月にオープンしたばかりの新しいスペース。
このような条件は、アーティストが新しい試みに専念するのには、ある意味で最高の環境といえると見えました。
子どものように体温高めの空間で行われる、柔らかな展覧会。

3階のデイサービスの会場は、「バイオレンス!」と評しましたが、じっさいに作品を子どもたちに壊されてしまったり、それをスタッフにうっかりゴミ箱に捨てられてしまったりすることもあり、深夜復元する深澤さんは、非常に落ち込むこともままあるとのお話です。

障害児とそれぞれ異なるコミュニケーションを模索し、時に嫌われ/蹴られ、周囲の大人からは叱られたりしている草食系男子のような在り様と、その営為を生々しく作品として展示する精緻な職人としてのアーティスト性がきらきらと輝く、薄暗くたまに身の危険を感じる楽しい展覧会でした。

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深澤孝史展覧会
「うんこふみふみたかふみ文化センター」

日時:2010年7月31日(土)-9月11日(土)
    11:00-18:00 日曜休館

会場:たけし文化センターARSNOVA
    静岡県浜松市西区入野町8923-4
   http://takebun.exblog.jp/

主催:NPO法人クリエイティブサポートレッツ、たけし文化センター
共催:アルス・ノヴァ
助成:フィリップモリスジャパン株式会社
   アサヒビール株式会社
特別協賛:財団法人アサヒビール文化芸術財団

 

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2010.06.28

歌舞伎町学校2020。

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歌舞伎町学校2020
「歌舞伎町の都市空間史」
講師:松田法子(東京大学 工学系研究科)

新しい歌舞伎町のイメージを提示するコミュニティアート・プロジェクト「歌舞伎町2020」。
今年2月の「VISION 01」、3月の「チャプター:チェックメイトビル」に続き、市民のための学校「歌舞伎町学校2020」がスタートしました。
2020年までの10年間、市民をエンパワーメントする草の根型の学校として、定期的な開催を目指していきます。

第1回は、熱海・別府といった歓楽街の都市形成をご専門とされる、松田法子さんを講師に、「歌舞伎町の都市空間史」というテーマでレクチャーをお願いしました。

会場は、江戸時代から続く歌舞伎町2丁目の「稲荷鬼王神社」。
土曜日のお昼の区役所通りは、泥酔して道路で寝ているホスト君とか、若い女性がゴロゴロしているわけですが、稲荷鬼王神社の境内に入ると、そこは江戸時代。

テーマにこれ以上マッチする会場はありません。

東京新聞に記事が掲載されたこともあり、地元にお住まいのお年寄りが、紙袋一杯の資料持参でご参加くださったりと、世界的な大都市・歌舞伎町とは思えないような、まるで村の寄り合い所のような一時になりました。

芹沢高志さんのナビゲートに続き、松田さんのレクチャーは、17世紀、江戸時代の古地図からスタート。古地図と現代の地図を重ねあわせ、空間を読み解いていきます。
後半は、岸井大輔さんのナビゲートにより、参加者の皆さまを交えて、カンカンガクガクの思い出トーク。まるで、同時多発演劇のような劇的空間となりました。

まるで推理小説のようなスリリングさと鮮やかな展開の松田さんのレクチャーで解ったことは、

・「歌舞伎町のあたりは昔、沼だった」と言われているが、実際に沼だったのは、明治後期大村邸があった頃。
・戦後作られた歌舞伎町は、鈴木喜兵衛の設計により周到にデザインされたまちであること。
・「歓楽街・歌舞伎町」のイメージは、「江戸時代の内藤新宿-青線(ゴールデン街)-歌舞伎町1丁目」と、時代によって移動して現在に至っている。

「不夜城」「歓楽街」という歌舞伎町のパブリックイメージは、せいぜいこの25年間ほどで形成されたものであるいうことが、あらためて分かりました。

コミュニティアート・プロジェクト「歌舞伎町2020」は、10年間かけて市民の参画により新しい歌舞伎町のイメージを発信していくことを目標としていますが、この歴史を見ると、不可能ではないのだな、と勇気づけられます。

都市空間を市民の手に取り戻すこの試み、より皆さまの心に迫る血の通ったものとしていきますので、どうぞご期待ください。

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2010.06.19

アサヒ・アート・フェスティバル2010

アサヒ・アート・フェスティバル2010
岡山県から「白石踊り」。
4種類の装束の踊り手による、高度な盆踊り。
魅了されました。

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