Twitterでぼやいてたら、門脇篤さんが、変なイントロ考えてくれたので、Twitter上で「コミュニティアート禁止令」を書いてみました。
<もともとのポスト>
しかし、コミュニティアートは、あらゆる種類の誹謗中傷に晒される。
どーせならもっと「弾圧」されれば面白い。
「コミュニティアート禁止条例」とか。
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<門脇さんのポスト>
時は201×年、完成度が低く若者や老人子供に空虚な喜びをそそのかす不届きな行為との理由からまちでアートをすることの一切が禁じられた。
世に言う「コミュニティアート禁止令」の発布である。
そこで彼らがとった行動とは? 。。。つづく
<以下、下山ポスト>
「コミュニティアート禁止令」発令後、コミュニティアートを行うことは、「10年以下の懲役または1000万円以下の罰金またはこれらの併科」の厳罰が適用されることになった。
これ以後、日本国内では、コミュニティアートを行うことができなくなったのである。
「コミュニティアート禁止令」発令後、コミュニティアートの合法化を求め、文科省にパブコメを送ったり、緊急抗議集会を開催した者もいた。
しかしながら、国家権力と世論の前に、コミュニティアートは、あまりにも無力であった。
「コミュニティアート禁止令」発令後、コミュニティアートを棄てなかった者は、投獄や拷問によって転向を迫られるなど、大規模な弾圧にあった。
コミュニティアート禁止の時代において潜伏したコミュニティアート信徒達は、草間彌生のカボチャの周りでホームレスとお茶会をしたり、横浜トリエンナーレのボランティアとして糊口しのいだりなどして、表向きは善良なアートファンとして振舞いながら、ひそかに祈祷文「オラショ」を唱えていた。
2060年、民主党政権によるコミュニティアート弾圧は、諸外国の非難・批判を招くことになり、いわゆる「外圧」よって、政府からの「コミュニティアート禁止令」が解かれることとなる。
平成時代潜伏していたコミュニティアート信徒達の中には、50年以上もの間、キュレーターや批評家などの専門家の導きを受けることなしに自分達だけでコミュニティアートを伝えていったため、芸術理解が大きく変化していった。
コミュニティアート解禁後も、アート界に復帰せずに、今なお独自の表現様式を継承している者達が、現在でも存在する。
これを学術的に「隠れコミュニティアート」と呼ぶ。
なお、未だアート界に復帰しない理由については、「隠れコミュニティアート」がアート界とかけ離れたというよりも、アートですらなくなってしまったという場合も多い。
以上、「コミュニティアート衰亡史」著:下山浩一
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Wikipediaの「隠れキリシタン」の項をパクらせていただきました。
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